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9・11同時多発テロ

2001年9月11日、航空機を乗っ取った集団がニューヨーク貿易センタービル、ワシントンの国防省などに同時に仕掛けた自爆テロ。イスラーム過激派組織が関与したと考えられ、アメリカは同年10月にアフガニスタンに報復攻撃を加えた。

 2001年9月11日、ほぼ同時刻に アメリカ合衆国のニューヨークの貿易センタービル(ツインタワー)、ワシントンの国防総省(ペンタゴン)にハイジャックされた旅客機が激突した。ニューヨークでは二つのビルが崩壊し、約5400人が犠牲となり、ワシントンでは約190人が死んだ。他にもハイジャックされた思われる飛行機がペンシルヴェニアに墜落した。旅客機4機はアメリカの飛行場を飛び立ってからハイジャックされたものであった。
 これは、アメリカの政治・経済の中枢を狙った「同時多発テロ」であり、アメリカ政府・ブッシュ大統領はその犯人は19名のイスラーム原理主義者であり、彼らに指示を与えたのはオサマ=ビン=ラディンであると特定した。また、実行したのはその組織である国際武装テロ集団アルカーイダであると発表した。

アメリカのアフガニスタン侵攻

 さらにアフガニスタンのターリバーン政権がビン=ラディンら匿っているとして、10月にアフガニスタンを攻撃、大規模な軍事行動を行った。しかし、主犯格と思われるオサマ=ビン=ラディンを捕捉することはできず、その組織とされるアルカーイダを壊滅することもできなかった。アフガニスタンのターリバーン政権は倒され、アメリカ軍の保護の下で新政権が成立したが、なおも旧ターリバーン系のゲリラによる反政府・反米活動は続き、アフガニスタン情勢はいまだに安定していない。

イラク戦争

 ブッシュ大統領はその後もテロとの徹底した戦いを表明し、イラクのサダム=フセイン政権はアルカーイダなどのテロ組織と結び大量破壊兵器を所持しているとしてその打倒に乗りだし、2003年3月にイラクに侵攻、イラク戦争に発展させた。しかし、イスラーム原理主義勢力のテロ活動はその後もスペイン、イギリス、エジプトなどで相次いで起こった。 → 冷戦後のアメリカの外交政策 
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