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アジア通貨危機

1997年7月、アジア各国の通貨暴落から始まった経済危機。

 1997年7月、タイ・マレーシア・韓国・インドネシアなどで一斉に通貨が暴落し、アジア全体が不況に陥り、さらにロシアにまで飛び火し、経済危機に陥った。
 1980年代経済成長を続けていた東南アジアやNIEs諸国では金融自由化などの世界経済のボーダーレスが進み、海外から多額の資本が流入して不動産などに投資された。特にタイでは90年代にかけて、いわば「バブル状態」にふくれあがった。そのような中で1997年にタイの通貨バーツが突如、暴落した。それは外国の通貨や株式の売買で巨額な利益をあげるヘッジファンドとよばれる投資家グループが、タイ経済の先行きの悪いことを見通し、一気にバーツ売りに走ったからであった。当初バーツを買い支えていたタイ当局も買い支えられなくなり、バーツは変動相場制(東南アジアの通貨は当時は固定相場制だった)移行を宣言した。このタイの通貨暴落はマレーシアインドネシア韓国に飛び火し、アジア通貨危機が急速に深刻化した。

IMFによる通貨管理

 タイや韓国はIMF(国際通貨基金)の管理下に置かれ、銀行再編や不良債権の整理などが行われたが、経済悪化はしばらく回復できなかった。
 マレーシアはIMF管理を拒否し、投機取引規制や為替相場に対する管理強化などで通貨危機を乗り切った。しかしインドネシアでは、IMFの緊急融資を受けるこをが決めたが、IMFによる経済支配に反発した民衆が反対運動を展開、ついにスハルト大統領は32年続いたその地位を降りるという事態となった。

新しい形の金融危機

 このアジア通貨危機は、急成長を遂げたこれらの国々が、現実には通貨管理態勢などが不十分であったために、欧米の投機的な通貨投資家に狙われ、短期融資の資金が引き上げあられたためと言われている。いわば東南アジア版のバブル崩壊であり、国際的なヘッジファンドの力によって起こされた「新しい型の金融危機」であった。現在ではASEAN諸国に日本、中国、韓国が加わり、「アジア通貨基金」の設立の構想などや二国間の資金融通協定が生まれており、通貨危機に対する対策がとられている。
 このアジア通貨危機によってNIEsの時代は終わり、2001年以降は中国経済の急速な成長がアジアだけでなく、世界経済の最も注目すべき動きとなっている。
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