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門閥貴族

中国の魏晋南北朝を経て隋唐で成立した貴族階級。

 貴族はギリシア・ローマや中世ヨーロッパにも現れる概念であるが、中国史では一般に魏晋南北朝時代から唐の中期にかけてを貴族社会、門閥貴族の時代とされている。

豪族から貴族へ

 貴族階級は、漢時代の豪族が、三国時代の九品中正制によって中央政府の官僚となり、その地位を世襲的に独占するようになって形成されたもので、門閥貴族と言うことが出来る。(西晋)をへて南朝の諸王朝で発展したとされる。
 貴族制は主に南朝において発達したが、北朝においても北方部族の武人的官僚と漢人官僚が結びついた特異な貴族制が形成された。彼らは代々、教養ある文人として知識階級であり、また国家の官僚として社会的な上位層を形成し、また六朝文化の担い手となった。隋唐では科挙による人材登用が始まるが、なおも門閥貴族は蔭位の制を通じて、世襲的に高位を維持していた。
 この貴族制社会はどこまで続くかについては学説が分かれており、かつては唐の中期までを貴族制の時代とする説(内藤湖南)が有力であったが、現在は南朝梁の武帝の末年の戦乱で衰退したとする説も有力である。魏晋南北朝時代は貴族制社会であったというとらえ方は一般化している。<川勝義雄『魏晋南北朝』、布目・栗原『隋唐帝国』ともに講談社学術文庫>
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