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エジプト新王国

前16世紀中頃成立し、ヒクソスを撃退してエジプトを統一した王国。アメンホテップ4世の改革を経て、前13世紀のラメセス2世の時、最盛期となってシリア進出をとげ、ヒッタイトと争った。しかし海の民の侵入によって次第に衰え、前11世紀中ごろに滅びた。

 古代エジプト古王国(大ピラミッドが造られた時代)・中王国に次ぐ諸王朝。前16世紀中頃のエジプトには、ナイル下流からパレスチナにかけてヒクソスが支配していたが、中流のテーベには地方政権として第17王朝があった。新王国は古代エジプトが最も栄えた時代であった。

ヒクソスを撃退

 テーベのエジプト王はヒクソスから軍事技術を学びながら力を付け、前1552年に第18王朝となった。一般にここから新王朝が始まるとされる。エジプトの統一を再現した新王朝はその後、第20王朝までの約500年間続くこととなる。
 新王朝のアアフメス1世は、前1542年にヒクソスの都アヴァリスを占領してエジプトの国土再統一を達成し、さらに逃れたヒクソスを追ってパレスチナに攻め入り、前1539年に最後の拠点シャルヘンを落とし、ヒクソスを滅ぼした。
 前15世紀のトトメス3世の時代は、西アジアに進出、ミタンニなどと戦うとともに、ナイル川上流ヌビア地方のクシュ王国を服属させ、エジプト新王国の領土を最大にした。
 前14世紀の前1364年ごろに即位したアメンホテプ4世の時代は、一神教信仰を創始する宗教改革が行われ、都もテル=エル=アマルナに遷され、独自のアマルナ文化が開花した。しかし、つぎの前1346年に即位したツタンカーメン王の時に神官の力によって都がテーベに戻されるなど、しばらく混乱が続いた。その後は、ハトシェプスト女王、ラメセス2世など有能な王が出て、またその領土はエジプトにとどまらず、西アジアのパレスチナ、シリアに進出するようになり、ミタンニやヒッタイトなどの国々と激しく抗争した。
 新王国時代の歴代の王の墳墓としてテーベの近くに築かれたのが「王家の谷」である。<大城道則『古代エジプト文明 世界史の源流』2012 講談社選書メティエ p.78-161>

パレスチナ、シリアに進出

 ヒクソスを滅ぼした以降も、新王国はヒクソスなどのアジア系民族のエジプト侵入を恐れ、それを防止する目的でパレスチナシリアに軍隊を派遣することが続いた。領土拡張に務めた第18王朝第3代のトトメス1世は、シリア・パレスチナに出兵し、ミタンニと戦い、その地を占領し、さらにトトメス3世はメソポタミアにも進出し領土を最大に広げた。

アメンホテプ4世とアマルナ革命

 新王国の前14世紀、アメンホテプ4世の時代には、エジプト社会の伝統であったアメン神を中心とした多神教に対する一種の宗教改革が行われた。それはアメン神(アメン=ラー)に仕える都テーベの神官たちの勢力が大きくなり、王権を脅かすようになったことに対する国王(ファラオ)の統一的支配の再建を目指した政治的争いでもあったらしい。アメンホテプ4世はアメン神に替わる唯一神で普遍的な愛の神であるアトン神(アテン神)を創出し、その信仰を国民に強制した。自らイクナートンと改名し、都もテーベからテル=エル=アマルナに移した。この時期には、伝統的な文化にとらわれない特異なアマルナ美術も産み出された。これらの一連の変化をアマルナ革命という。また1887年には都の跡からアマルナ文書といわれる外交文書が大量に発見されている。しかし、アメンホテプ4世の死後はテーベの神官の勢力が復活し、新王ツタンカーメン王は即位するとアメン=ラー信仰を復活させ、都もテーベに戻されたため、この改革は定着せずに終わった。

ラメセス2世の全盛期

 「アマルナ革命」で一時混乱したが第19王朝のラメセス2世(ラメセス大王、ラメス、ラムセスとも表記)の時代は新王国は態勢を立て直して国力を回復し、西アジア(シリア)に進出を積極化させた。そのころ西アジアには小アジアから進出したヒッタイトが優勢であったが、ラメセス2世は前1286年カデシュの戦いでヒッタイトを破り、シリアの領土を確保した。このとき、ラメセス2世がヒッタイトとの間に結んだ条約は世界最初の国際条約といわれている。またラメセス2世は、今に残るカルナック神殿、ルクソール神殿、アブシンベル神殿(アスワン=ハイダムが建設されたところ)など巨大な神殿が建造された。

エジプト新王国の衰退

 新王国の第20王朝のラメセス3世(前12世紀前半)は西方からのリビア人、アジアからのペリシテ人を撃退、またヒッタイトの衰退に乗じてシリアの領土を回復させた。しかし前13世紀末から東地中海域で活動し始めた海の民の侵入を受けるようになり、次第に衰え、前1069年頃に滅亡した。ここまでを新王国の時代といい、次の第21王朝から最後の第31王朝までをエジプト末期王朝という。