印刷 | 通常画面に戻る |

コロッセウム

ローマ時代に各地に建設された円形競技場。特にローマ市に残る79年に完成したものが有名。市民向けの剣闘士奴隷の試合などの見世物が演じられた。

コロッセウム
ローマのコロッセウム
 コロッセウム(円形競技場)跡はローマ市のものが有名であるが、同じようなものが全ローマ世界のうちに全部で二五〇もあったことがわかっている。ここで市民に提供された「パンと見せ物」のうちの娯楽にあたる剣闘士奴隷の競技、キリスト教徒の処刑などが「見世物」として興行された。最も有名なローマのコロッセウムは、75年にウェスパシアヌス帝がネロの宮殿の跡地に建造を命じ、その子のティトウス帝のとき、79年に完成した。高さ48.5m、長径188m、短径156m、4万5千の観客席があり、さらに5千人分の立ち見席が最上階にあった。観客席はアリーナに一番近い大理石の座席が元老院議員、その上が騎士階級席、その上が商人や職人などの上級市民席、最上階が一般席であった(今でも座席に「学校の先生のため」とか「来賓のため」などと記されているのを見ることができる)。アリーナは板張りの上に砂を敷きつめ、その下に猛獣小屋が作られていて、巧みな構造でアリーナに出るようになっていた。コロッセウムの出し物は、剣闘士(グラディエーター)同士の試合や、キリスト教徒や罪人を猛獣に襲わせる見せ物であった。<青柳正規『皇帝たちの都ローマ』1994 中公新書 p.259,265/S&D.ペリング『復元透かし図・世界の遺跡』1994 三省堂 p.70~ などによる>
※なお、コロッセウムは4層からなるが、その第1層の柱はギリシア建築のドーリア式、第2層はイオニア式、第3層がコリント式でつくられている。ギリシア文化の影響も見られるが、ローマ文化の実用性の高い建築技術を示す、代表的な遺構である。旧ローマ市内の中心部フォロ=ロマーノから数百メートルのところにある。

Episode コロッセウムでの剣闘士試合

(引用)「この巨大な建築物は、古来、ローマの象徴とされており、“コロッセウムが立つ限り、ローマも立つであろう。コロッセウムが倒れるとき、ローマも倒れるであろう。ローマが倒れるとき、世界も倒れるであろう。”とうたわれてきた。その観客席に五万の観衆をのんだ、この闘技場で、いったいなにがおこなわれていたのであろうか。紀元80年、コロッセウムの落成式がおこなわれたとき、時のローマ皇帝ティトウスは百日間にわたって各種の競技をおこなった。剣闘士奴隷どうしのちなまぐさい競技もあったし、たった一日のあいだに人間と猛獣の格闘のなかで、あらゆる種類の5千頭もの猛獣が殺されるということもあった。この闘技場を水でみたして人工の湖をつくり、三千人もの剣闘士を動員する模擬海戦もおこなわれた。ローマ帝国の各地からやってきた大観衆を前にして、このような人間と猛獣の数知れない死によって血ぬられたコロッセウムは、その後、404年の剣闘士試合の中止、523年の猛獣演技の廃止にいたるまで、毎年のように残酷な死のゲームを、熱狂した観客に提供し続ける場となったのであった。」<土井正興『スパルタクスの蜂起』1973(新版は1988)青木書店 p.13-14>

Episode “コロッセオ 崩落止まるか”

 「コロッセウムが立つ限り、ローマも立つであろう」と言われたコロッセウム(コロッセオ)が、崩落の危機にあるという。2012年1月14日付朝日新聞によれば、コロッセオは大気汚染で汚れ、石組みの崩落が起きるなど、痛みがひどくなっており、真下を走る地下鉄の振動の影響も指摘され、早急な修復作業が必要とされてきた。ところが、財政危機によってベルルスコーニ前政権が文化予算を減らす中、高級靴ブランドのトッズが約24億円の修復費用を全額を負担すると表明した。契約ではトッズがコロッセオの画像を15年間、商業利用できる内容が含まれている。それに対して、消費者団体などがかみついた。また遺跡修復専門家も経費節減で壊れやすい部分が普通の建築業者に任される恐れがあると異議を申し立てた。それに対して市当局は、官民挙げての文化財保護の新し試みとして、トッズ社との契約を続けると言っている。ローマ市長によると2012年3月には修復工事に入る予定であるという。はたしてコロッセオは、いやローマは立ち続けることができるだろうか。<朝日新聞 2011年1月14日朝刊>
印 刷
印刷画面へ
ノートの参照
第1章3節 ケ.ローマの生活と文化
書籍案内

青柳正規
『皇帝たちの都ローマ』
1992 中公新書