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紅河

北ベトナムの中心部(トンキン地方)を流れ、トンキン湾に注ぐ大河。

 ベトナムの北部平野の大河。ベトナムではホン川。中国の雲南地方から北部ベトナムの平野を流れ、トンキン湾に注ぐ。流域は豊かな水田地帯で人口が多く、中心都市はハノイ。河港の都市がハイフォン。この地域には新石器時代からオーストロネシア系のベトナム人が定着し、前5世紀頃にはドンソン文化といわれる独自の銅鼓に代表される青銅器文化を開花させた。
 その後は北方の漢民族の進出が強まり、秦始皇帝の侵攻を受け、さらに漢の武帝以降は中国王朝の支配を受けることとなる。その後、11世紀の大越国の李朝以来、ベトナム人の王朝が交替、元や明では中国王朝の支配を受け、中国文明の強い影響を受けながらも独自の歴史を展開していく。
 19世紀にはフランスの侵略を受け、保護国から植民地フランス領インドシナ連邦が流域一帯を支配、第二次世界大戦では日本の軍政下に入った。日本軍政下の北ベトナムの紅河流域では、1944~45年にかけて、深刻な飢饉に襲われ、約200人が餓死した。第二次世界大戦後、独立したが、再開されたフランスの植民地支配と激しいインドシナ戦争を戦い、さらにベトナム戦争に突入、流域はアメリカ軍の激しい空爆を受けた。
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2章2節 ア.東南アジアの風土と人びと