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ハノイ/昇竜

ベトナム北部の中心都市。旧名昇竜。大越国諸王朝の都。フランス領下では総督府が置かれ、独立後も首都となる。

 ベトナムの北部の紅河流域の中心都市で、漢の武帝が交趾郡を置いてから長い中国王朝のベトナム支配の拠点となり、唐代には安南都護府が置かれた。1009年に自立したベトナム人の李公蘊が李朝を建て、大越国を国号としてから、その都とされ昇竜(タンロン)と言われた。黎朝では再び都とされて、東京(トンキン)と言われた。後期黎朝の阮氏政権、およびそれを1804年に再建した阮朝では都は中部ベトナムのユエに置かれた。

近代~現代のハノイ

 1831年にハノイ(漢字表記では河内)と言われるようになり、フランス領インドシナ連邦が成立するとフランスはハノイに植民地行政府として総督府を設置した。1945年にベトナムが独立(ベトナム民主共和国)するとともにその首都となる。南部にアメリカの傀儡政権が作られ、ベトナム戦争となると北ベトナムの中心都市としてたびたびアメリカ軍の北爆の標的となった。1976年、ベトナム戦争が終結して南北統一を実現、ベトナム社会主義共和国となってからも首都として継続している。
 現在のハノイは人口は約650万で、ホーチミン市(旧サイゴン)の約770万に次いでベトナム第二位であるが、政治的には首位として優位に立っており、ホーチミン市は経済活動で優越しているにすぎない。。
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ノートの参照
2章2節 イ.インド・中国文化の受容