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漢化政策

鮮卑の建てた北魏が採った、中国文化への同化策。

北方遊牧民である鮮卑の拓跋氏が起こした北魏が、華北を統一した後、漢民族の制度や風俗、文化を取り入れて、その支配を行おうとした政策。第6代の孝文帝が493年都を平城から洛陽に遷すことを決定し、翌年には胡服を着ることは禁止され、中国語の使用が命じ、胡族と漢族の通婚を奨励し、南朝風の貴族制度を採用した。

Episode ユーラシアの東西での同じ動き

 孝文帝が洛陽に遷都を決定した493年に、西洋では何があったか調べてみよう。実はその年に、ゲルマン民族の一つ東ゴートを率いたテオドリックがローマに入り、オドアケルを討って東ゴート王国を建国している。この東ゴート王国は、ある意味で北魏によく似ている。さて、何が似ているでしょう。答えはこちらから。  
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ノートの参照
第3章1節 イ.分裂の時代