印刷 | 通常画面に戻る |

資治通鑑

北宋の司馬光の著した歴史書で、大義名分論を展開した。

 しじつがん。宋(北宋)の政治家、司馬光の書いた歴史書。戦国時代の始まる紀元前403年から、五代までの生起した事柄を年月順に記述する編年体のスタイルの歴史書の代表的なもの。その著述は厳格な君臣の別、華夷の別を明らかにすることで貫かれており、為政者としての君主の範となる事例に豊富である。そのため南宋の朱熹(朱子)はこの書をもとに『資治通鑑綱目』を著し、大義名分論を完成させた。司馬光が華夷の別を特に強調した背景には、北宋が北方民族の両によって燕雲十六州を奪われ、屈辱的な澶淵の盟を締結せざるを得なかったことに対する悲憤があった。 → 宋代の文化
印 刷
印刷画面へ
ノートの参照
第6章2節 オ.宋代の文化