印刷 | 通常画面に戻る |

ハン/汗

遊牧民モンゴル人の君主を意味する語。

 ハーン、カン、カーン、カアンまたはハガン、カガンとも表記する。漢字では汗の字をあてる。古くから北方遊牧民社会では、君主を意味する言葉として用いられており、鮮卑に始まり、柔然で「可汗」が使われ、突厥ウイグルでも継承された。モンゴルでもカン、ハンが使われたがその意味については諸説ある。いずれにせよ、君主(帝国の場合は皇帝)の意味と考えてよい。
 モンゴル帝国のハンは、前代のハンが次のハンを指名するのではなく、チンギス=ハンの血統を受け継ぐものの中から、一族の有力者の会議であるクリルタイの合議で選出された。その伝統はモンゴル帝国の他のウルスでも継承された。

「カン」と「カアン」の違いについて

 杉山正明氏の説明によると、オゴデイ(一般にオゴタイ)の時から「カアン」を称するようになり、それはチンギス=カンの「カン」とは別な表記であるという。モンゴル帝国の歴史書『集史』では、カアンは Qā'ān 、カンは Khān と区別されている(アラビア文字をラテン文字で表記)。元代の発音の判るパスパ文字表記の碑文でも両者は区別されている。オゴデイはモンゴル皇帝たる自分だけの称号として「カアン」と称したのであり、それは突厥などで使われた「カガン」号にちなみ、途中の「ガ」が軟音化して「ア」になった語形であった。チンギス=カンはあくまでただの「カン」であり、この頃の遊牧君長たちは権力の大小をかかわらず、みな「カン」と称した。それに対してオゴデイは、ただの「カン」ではなく「皇帝権」を明確にするため「カアン」という新称号をひねり出した。次のグユクは用いなかったが、第4代モンケ以降はみな「カアン」を称している。大元ウルスの皇帝は「カアン」であるが、他のウルス(ハン国)はすべて「カン」であり、そこに明確な違いがあった。<『大モンゴルの時代』1997 世界の歴史9 中央公論新社 p108>

参考 「ハーン」「ハン」の表記は間違いとする説明

 同じく杉山正明氏は、わが国では「カアン」と「カン」の違いを気にせず、しばしば、すべて「ハーン」としているが、それは、すこし愚かしいこと、と言っている。「ハーン」はモンゴル語としては「カアン」と綴り、明代以後、本来はモンゴル皇帝の専称であるカアンが、本来「カン」と称されるべき王侯についても区別せずに使用されてしまった。誰も彼も、のきなみ「ハーン」としたために、「四ハーン国への分裂」なとという歴史事実と反する虚説も出現した。モンゴル時代までは、あきらかに「クビライ」「カアン」「カン」に近い音であって、「フビライ」「ハーン」「ハン」ではない。
(引用)従来の片仮名表記は、欧米人史家の、それも西洋史家の中途半端な表記を鵜呑みにした上で、日本風にアレンジした誤解の産物である。歴史の教科書をふくめて、そろそろ、あらためるべき時期が来ている。<『大モンゴルの時代』1997 世界の歴史9 中央公論新社 p111>
 しかし、現在も世界史教科書では「チンギス=カン」ではなく「チンギス=ハン」、「クビライ」ではなく「フビライ」と表記され、「ハーン」と「ハン」も区別されていない。
印 刷
印刷画面へ
ノートの参照
第6章3節 ア.モンゴルの大帝国
書籍案内

杉山正明
『大モンゴルの時代』
世界の歴史 9
1997 中央公論新社