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イスラーム帝国

イスラーム国家でアラブ帝国に対してアッバース朝からを指す。

 ムハンマドが622年にメディナで組織したイスラーム教徒の共同体であるウンマを母体とした国家を広義のイスラーム帝国という場合がある。しかし、狭い意味でイスラーム帝国というのは、アラブ人を主体としたアラブ帝国の段階に次ぐ、750年にアラブ人以外の多民族を包含するに至ったアッバース朝以降を指すことが多い。

アラブ帝国からイスラーム帝国へ

 イスラーム教国家は、正統カリフ時代ウマイヤ朝時代まではあくまで征服者であるアラブ人主体の国家であったので、別に「アラブ帝国」と言う場合もある。それに対して、750年に成立したアッバース朝から、アラブ人以外のイスラーム化したイラン人トルコ人などの西アジアの広範な民族が、イスラーム教の信仰によって結びついて平等な構成員となり、税制改革などでもその平等化がはかられたので、厳密な意味で「イスラーム帝国」といえるようになった。

イスラーム世界の分裂

 しかし、これに際してウマイヤ朝の残存勢力が遠く西方のイベリア半島に自立し、756年に後ウマイヤ朝を建国したので、アッバース朝の成立はイスラーム世界の分裂の始まりとなり、アッバース朝もハールーン=アッラシードの時に全盛期を迎えたが、9世紀初頭のその死後に急速にイスラーム帝国の分裂が進むこととなる。
 なお、イスラーム帝国という言い方のほかに、古くは日本では「サラセン帝国」とも言われていたが、これには野蛮な国という蔑視が入っているので、現在では使用されない。
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ノートの参照
第5章1節 ウ.イスラーム帝国