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イスラーム帝国の分裂

バグダードのアッバース朝カリフの権威が低下し、各地にイスラーム国家が分立。

 イスラーム世界はウマイヤ朝からアッバース朝初期まではカリフのもとで一つのイスラーム共同体を形成し、特にアッバース朝では税制改革などによってアラブ人と非アラブ人の平等化が図られてイスラーム帝国が実質的にもできあがり、その領土は西アジアを中心に、東はインダス流域から西はイベリア半島にまで及んだ。  アッバース朝全盛期のハールーン=アッラシードまでは、バグダードのカリフが、ムハンマドの後継者としてイスラーム世界を統治できていたが、9世紀に入ると広大なイスラーム世界の中に、非アラブ人の地方政権が生まれてきた。バグダードのアッバース朝カリフの権威は次第に名目的なものとなっていった。まずササン朝以来の文化的な伝統を有するイラン人(ペルシア人)が有力となり、続いて軍事面ですぐれた力を持っていたトルコ人が台頭した。地方の総督として統治にあたっていたアミールが次第に独立し、地方王朝を樹立するようになった。
 そのような分裂傾向は、第5代カリフのハールーン=アッラシードのころに始まり、その死後の9世紀に急速に進行した。アッバース朝の統治は次第に中央のバクダード周辺のみに限定されることとなり、カリフの地位も名目的なものにすぎなくなったが、それでもモンゴル軍のフラグの遠征によってカリフが殺される1258年まで存続したことは注意すべきである。

アッバース朝時代の地方政権

 そのような地方政権には、マグリブ地方ではアルジェリアのルスタム朝(777~909)、モロッコのイドリース朝(789~974)、チュニジアのアグラブ朝(800~909)があり、イランではターヒル朝(821~873年)、サッファール朝(867~903年)、エジプト・シリアでのトゥールーン朝(868~905年)、中央アジアでのサーマーン朝(875~999年)がある。

三カリフ時代

 さらに10~11世紀のイスラーム世界は大変動の時代を迎え、イベリア半島の後ウマイヤ朝、エジプトのファーティマ朝がカリフを称してバグダードのカリフと共に三カリフ時代に入る。ところがバグダードにはブワイフ朝の軍事政権が成立し、カリフはそのもとで宗教的権威をもつにすぎない存在となる。
 また中央アジアではトルコ人の自立によりカラ=ハン朝、ガズナ朝、セルジューク朝が成立する。このような政治的分裂のみならず、ファーティマ朝のシーア派の台頭と、さらに神秘主義の隆盛という、イスラーム教の大きな変質も並行して展開された。
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第5章1節 エ.イスラーム帝国の分裂