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ハインリヒ4世

神聖ローマ皇帝。叙任権闘争でローマ教皇グレゴリウス7世と争う。

1054年、ハインリヒ3世の後継として、わずか6歳で神聖ローマ皇帝となった。この間、教会側は叙任権闘争を有利に進め、教皇グレゴリウス7世は改革の基盤をつくっていった。グレゴリウス7世が1075年、俗人による聖職叙任の禁止を通告してきた時、ハインリヒ4世は23歳の成年になっていた。彼はただちにドイツの司教たちを集めて反撃し、グレゴリウス7世の廃位を決議した。それに対し、グレゴリウス7世は破門を通告してきた。窮地に立ったハインリヒは、カノッサで教皇にわびを入れ、破門を解かれる(「カノッサの屈辱」)。しかし、その後ドイツ諸侯を味方につけたハインリヒ4世は、1082年ローマに軍勢を率いて遠征し、グレゴリウス7世を追放してしまう。しかし、グレゴリウス7世の後継者である改革派の教皇ウルバヌス2世が、1096年に十字軍運動を提唱、ヨーロッパ政治の主導権を握るとハインリヒ4世は孤立し、1106年失意のうちに死ぬ。
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第6章1節 ケ.教会の権威