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タークシン

18世紀のタイのトンブリー朝の王。ビルマのコンバウン朝軍の侵攻に抵抗し救国の英雄とされる。

 タイトンブリー朝の王。トンブリーはチャオプラヤ川下流の現在のバンコクの西岸。中国人(潮州華僑)とタイ人人女性の間に生まれ、アユタヤ朝の大臣の養子となり、トンブリーを治めていた。1767年、ビルマのコンバウン朝の軍隊によってアユタヤが破壊されたとき、その救援に向かったが敗れ、トンブリーに砦を築いてその年の内に反撃し、ビルマ軍を撃退してトンブリー朝を建てた。周辺の勢力を併合してかつてのアユタヤ朝の領域を回復したが、次第に誇大妄想的になり、自分に跪くことを拒否した僧侶をむち打ちにするなど奇行が目立つようになりった。そこで将軍のチャクリがタークシン王を捕らえ、1782年4月6日、ベルベットの袋に入れ、白檀の棒で首を折るという王侯のみが受ける処刑を行った。こうしてトンブリー朝はタークシン一代で終わったが、タークシンは救国の英雄としてバンコクのトンブリー側に銅像が建てられている。<『タイの事典』同朋舎 p.199>
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ノートの参照
第8章2節 清代の中国と隣接諸地域