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ペトラルカ

14世紀、フィレンツェのルネサンス期の詩人。『叙情詩集』などを著す。

 ルネサンスを代表する文学者の一人。1302年のフィレンツェでは政争があいつぎ、黒派が権力を握ったとき白派の多くは国外に亡命した。そのとき、ダンテと一緒にアレッツォに亡命したペトラッコという人の子で、1304年に生まれたフランチェスコがペトラルカである。一家は当時、「教皇のアヴィニヨン捕囚」によって教皇庁がおかれていた南仏アヴィニヨンに移住、そこで少年時代を過ごした。
 ペトラルカはボローニャ大学で法律を学んだが、そこでウェルギリウスやキケロ、セネカなどのローマのラテン文学、古典文学に触れ、ラテン語による詩『アフリカ』(ローマ時代の属州アフリカを題材としたもの)を発表した。またラウラという理想的な女性に触発され、ダンテの『神曲』の影響も受けて、抒情詩『カンツォニエーレ』(『叙情詩集』)をトスカナ語で連作した。ラウラは1348年の黒死病(ペスト)の大流行で死んだが、『カンツォニエーレ』にはその死を悼む作品がある。ペトラルカは文学者であるだけでなく、ルネサンス最初の人文主義者(ヒューマニスト)と言うことができる。
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8章2節 イ.文芸と美術