印刷 | 通常画面に戻る |

キケロ

前1世紀、共和政末期のローマの政治家、哲学者。ラテン語の名文家。

 前1世紀のローマ「内乱の1世紀」時代の政治家でかつ雄弁家、文章家、哲学者。地方の騎士の家柄に生まれ、ローマに遊学、修辞学、哲学、法律を学び、弁護士として頭角を現す。アテネ、小アジアに行き、ギリシア哲学を学びラテン語に訳す。前63年執政官となり、ローマで不平貴族や下層民を煽動した閥族派のカティリナの陰謀事件が起こった時、元老院で再三にわたりカティリナを告発し、ローマ共和政の危機を救ったとされる。カエサルポンペイウスの抗争が始まるとポンペイウスを支持し、カエサルと対立して一時政界を引退。アントニウスが台頭すると共和政維持の立場からそれを批判し、かえってアントニウスの刺客によって殺されてしまう。政治的には波乱に富んだ一生であったが、その間残した著作『国家論』、『義務論』などはラテン語の散文として高い評価を得ている。
 キケロのラテン語の文章は、古典古代ローマ文化を代表するものとして、後の文学にも大きな影響を及ぼした。中世キリスト教世界では忘れ去られていたが、14世紀イタリアのルネサンスを代表する人文主義の詩人ペトラルカは、1345年にヴェローナで古文書の山からキケロの書簡を発見し、その人物像を明らかにした。
印 刷
印刷画面へ
ノートの参照
1章3節 ケ.ローマの生活と文化