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ル=シャプリエ法

1791年、フランス革命の国民会議で同業組合の禁止法などと共に制定された労働者の団結を禁止した法律。

フランス革命の第一期に、国民議会は一連のブルジョワ(有産市民)の立場からの立法を行った。それらはブルジョワジーと自由主義貴族の協力によるものであり、自由な経済活動を保障することを主眼としており、民衆や貧農の要求によって革命が急進化することを押さえる目的があった。「自由・平等・博愛」という革命の理念はこの段階では三者対等だったのではなく、「自由」が優先され、「平等」と「博愛」はまだかけ声に終わっていたと言うことである。その一連の法律が、ギルドの廃止・営業の自由を規定したアラルド法労働者の団結を禁止したル=シャプリエ法などであり、その完成が1791年憲法であった。
 あらゆる種類の同業組合を廃止し、営業の自由が認められると共にル=シャプリエ法によって労働者の組合も禁止されることになった。つまり、この法は労働者の団結権を否定する意味があった。フランス革命後の1830年代(七月王政)にフランスの産業革命が始まり、本格的に労働者階層が形成されてくるとこの法律は労働者の団結を禁止するというブルジョワ社会の秩序維持のための法律として機能するようになった。労働運動が一般化し、マルクス主義による労働運動の国際的な運動も高揚する中で、ナポレオン3世の第二帝政時代の1864年にル=シャプリエ法は廃止され労働者の団結権が認められる。 → 労働組合
 なお、この法律に名を残したル=シャプリエは、三部会に第三身分の議員として選出され、ブルトン=クラブ(後のジャコバン=クラブ)の創立者の一人となった。8月4日の夜、封建的特権の廃止などが議決されたときの国民議会の議長を務めた。ヴァレンヌ逃亡事件後はジャコバン=クラブを脱退しフイヤン派に属した。ジャコバン派独裁時代の1794年3月に逮捕され、反革命に与したとしてギロチンにかけられた。
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ノートの参照
第11章3節 イ.立憲君主政の成立