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南チロル

1870年、イタリア王国成立後もオーストリア領「未回収のイタリア」として残った。

オーストリアのチロル地方のアルプスをはさんだ南側の地域で、トレントが中心都市でトレンティノ地方とも言われる。イタリア人住民が多いが中世以来オーストリア領とされてきた。ブレンナー峠をへてドイツと結ぶ重要なルートにある。1870年にイタリア王国が成立した後もオーストリア領として残されたので、トリエステとともに「未回収のイタリア」と言われ、その奪回をめざす運動が19世紀末に強まる。
 結局、第一次世界大戦でオーストリア=ハンガリー帝国が連合国に敗れ、イタリアも連合軍に加わってオーストリア軍を破ったので、戦後のオーストリアと連合国の講和条約であるサン=ジェルマン条約によりイタリア領に編入された。
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第12章2節 オ.イタリアの統一