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南チロル

オーストリアとイタリアの係争地。1870年、イタリア王国成立後もオーストリア領「未回収のイタリア」として残った。第一次世界大戦後の1919年にイタリア領となる。

 オーストリアのチロル(ティロル)地方のアルプスをはさんだ南側の地域で、現在はイタリア領でトレンティーノ=アルト・アディジェ自治州となっており、トレントが中心都市。その北部ボルツァーノ県はドイツ系住民が圧倒的に多くイタリア語とともにドイツ語も公用語とされており、南部のトレント県はイタリア人住民が優勢である。中世の14世紀以来、チロル地方全域はほぼハプスブルク家に支配され、オーストリア=ハンガリー帝国の一部となっていた。

オーストリアによる支配

 ブレンナー峠をへてイタリアとドイツと結ぶ重要なルートにあるので、近代に入るとその帰属をめぐって周辺の大国の争いが始まった。まず、ナポレオンイタリア遠征を行い、北イタリアからオーストリアを排除し、ティロル地方は親ナポレオンのバイエルン王国に編入した。それに対してティロルの反乱といわれるアンドレアス=ホーファーを指導者とした抵抗運動が展開されたが、フランス・バイエルン連合軍に弾圧され、その結果、北チロルはバイエルン、南チロルはイタリアに分割された。しかし、ナポレオン戦争終結後のウィーン会議で北イタリアのオーストリア支配が復活した。

未回収のイタリア

 ウィーン体制の時代に始まったイタリア統一運動(リソルジメント)は、 1861年にイタリア王国の成立をもって一応の完結を見たが、南チロルはトリエステなどとともにオーストリア領として残ったので、イタリア人の中に「未回収のイタリア」と意識されるようになり、その回復を目指す動きが19世紀末に強まっていった。

第一次世界大戦でイタリア領となる

 イタリアはフランスを共通の仮想敵としてドイツ、オーストリアと三国同盟を結成したが、「未回収のイタリア」をめぐってオーストリアとは利害が一致しないため、実際に第一次世界大戦が勃発すると中立を表明、1915年から連合軍に加わり、オーストリアとは敵対関係に入った。イタリアはその見返りとして南チロルを併合することをイギリスなど連合国とのロンドン秘密条約(1915年)で保障されていたのだった。
 両国はアルプス山中で戦闘を繰り返したがイタリア軍優勢のまま戦争は終結、オーストリア=ハンガリー帝国は解体され、サン=ジェルマン条約によって南チロルはイタリアに割譲されることになった。
 こうして南チロルはイタリア領となったが、現実にはドイツ人住民の方が多数を占めていたので、特に北部のボルツァーノ地域などでは強い不満が残った。また、ロンドン秘密条約に拘束されないアメリカ合衆国のウィルソン大統領も、自分が提唱した民族自決の原則に反するので、南チロルのイタリアへの割譲に強く反対した。しかし、アメリカ内部のイタリア系有権者の支持を得るため、最終的にはそれを承認した。

ファシズム下の南チロル

 南チロルとは、ブレンナー峠以南を指すが、イタリアに割譲された時には、その北半分のボルツァーノ地方にはドイツ語を使用する人が22万に対しイタリア語を話す人はわずか2万だった(それ以外にもラディン語というロマン語系の言語を守っている少数の山間の住民もいた)。ムッソリーニは政権を獲得すると、ドイツ語の使用を禁止し、1938年にはヒトラーオーストリア併合を黙認した見返りとして、翌年、南チロルのドイツ系住民がドイツの新しい領地に移住する選択権が与えられた。

戦後の南チロル問題

 第二次世界大戦後、オーストリア臨時政府は南チロルでの住民投票を要求したが、1945年10月のロンドン外相会議はそれを拒否、国境の変更を認めないと決定した。やはりイタリア系住民に配慮したアメリカ政府の意向を尊重したのだった。その後も南チロル問題はオーストリアとイタリア間の国境問題として国際連合でも長期にわたって協議が続いた。イタリアはドイツ系地域とイタリア系地域を一体の「トレンティーノ」として自治権を認め、ドイツ系住民を取り込むという狡猾なやり方で交渉を進め、1969年に協定が成立した。1988年、イタリア議会はようやくこの協定を批准し、南チロル問題の沈静化をはかった。オーストリアにとっては南チロル問題よりも深刻な難民、移民問題を抱えることとなった。<以上、リケット/青山孝徳訳『オーストリアの歴史』1995 成文社 による>
南チロル問題の再燃 1990年代、ヨーロッパ各地で移民(特にイスラーム教徒の移民)に対する排除の動きが顕著になる中、オーストリアにおいても民族主義を掲げる自由党が台頭した。2017年現在では自由党は移民の流入口としてイタリアとの国境のブレンナー峠の閉鎖を主張、あわせて南チロルのドイツ語圏のオーストリアへの返還を目指すことも表明し、イタリアは神経をとがらしている。ヨーロッパの統合が大きく揺らぐ中、南チロル問題も再び表面化するかもしれない。
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ノートの参照
第12章2節 オ.イタリアの統一
書籍案内

リケット/青山孝徳訳
『オーストリアの歴史』
1995 成文社