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トランシルヴァニア

ルーマニアの北西部一帯。1699年のカルロヴィッツ条約でオーストリア・ハプスブル帝国領となる。第1次世界大戦後のトリアノン条約でルーマニアに割譲。

 トランシルヴァニア地方は、カルパチア山脈の北、トランシルヴァニア山脈の西側にひろがる広大な地帯で、現在はルーマニアに属しているが、古来領有関係は複雑に推移した。ローマ時代には属州ダキアとしてローマ文明の影響が及び、民族異動期の混乱を経て、ハンガリー(マジャール人)の支配を受けた。16世紀にオスマン帝国の支配がこの地に及び、それを宗主国とするトランシルヴァニア公国となった。
 オスマン帝国は1683年に第2次ウィーン包囲に失敗してから、オーストリア軍に圧迫されて、バルカンでの領土を後退させ、1699年にカルロヴィッツ条約で、トランシルヴァニアはハンガリーと共にオーストリア・ハプスブルク帝国の領土に編入された。
 その後、1848年のウィーン三月革命のときにハンガリーと合併し、さらにオーストリアが普墺戦争で敗れた後の1867年にオーストリアから分離してハンガリー王国の一部となってオーストリア=ハンガリー帝国を構成することとなった。
 第一次世界大戦でオーストリア=ハンガリー帝国は敗戦を前にして分解、ハンガリー王国は1820年、戦後の講和条約であるトリアノン条約によって、トランシルヴァニアをルーマニアに割譲した。
 このように領有関係が変化したため、現在はトランシルヴァニアはルーマニア領となっているが、ルーマニア人以外にも多数のハンガリー人(マジャール人)、さらにドイツ系入植者も含くむ民族の共存地域となっている。
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ノートの参照
第13章1節 ア.オスマン帝国支配の動揺