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モルダヴィア

現在のルーマニア北東部とモルドバを合わせた地域。現在のルーマニアの一部。

 モルダヴィア(またはモルドヴァ)は歴史上はカルパチア山脈とドニェストル川にはさまれた広い地域をいう。現在ではその中央不を南北に流れるプルート川を堺に、東がルーマニア領、西がモルドバ共和国領となっている。歴史上のモルダヴィアと現在のモルドバ共和国とそのまま同一ではなく、現在もルーマニア、モルドバ、ロシア間で領土をめぐる対立があるで注意を要する。歴史上のモルダヴィア地域は、ローマ時代には属州ダキアの一部であったので、現在でもラテン系民族が居住している。1359年にモルダヴィア公国が成立したが、14世紀末にはポーランドの宗主権を受け入れ、さらにオスマン帝国のバルカン進出によって1456年以降は宗主権の下に入った。オスマン帝国の衰退に伴い農民反乱が起き、一時自立したが、19世紀になるとロシアの南下政策によってその勢力が及んできて、1829年以降はその保護国となる。1848年の「諸国民の春」という民族運動の勃興とともに、南のワラキアとの統一と独立を求める運動が強まる。1853年のクリミア戦争でロシアが敗れたため、1856年のパリ条約で、ワラキアと共に自治が認められ、またプルート川以東のベッサラビアをロシアから獲得した。さらに59年にはワラキアとの統一を実現、66年には国号をルーマニア公国とした。 → 現在のルーマニア
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ノートの参照
第12章2節 ア.東方問題とクリミア戦争