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広東国民政府/広州国民政府

1925年7月、広東省の広州に中国国民党が樹立した政権。国民政府の最初であり、北伐を開始する。

 孫文死後の1925年5月、上海で五・三○運動が始まり、中国人の反帝国主義、民族主義の運動が高まると、中国国民党は広東一帯の地方軍閥軍を討伐して、7月に広州で「広東国民政府」(広東政府、広州国民政府とも言う)を樹立した。主席は孫文の右腕とされていた汪精衛(汪兆銘)であった。これが中国国民党が樹立した「国民政府」の最初の政権である。当時は、北京(北平)に軍閥政府があったので、広東国民政府はそれに対する地方政権の一つに過ぎなかったが、中国国民党の軍事部門を押さえた蔣介石が次第に力をつけてきて、1926年、ついに彼を司令官として北伐を開始する。
 この広東国民政府は、第1次国共合作によって多くの共産党員が加わっており、北伐軍にもソ連からも軍事指導員が参加していた。北伐は順調に進み、長江中流域を押さえたので、1927年2月、国民政府は広東から武漢に移動して、武漢政府といわれるようになる。
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ノートの参照
第15章3節 ウ.国民党と共産党