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新インド統治法/改正インド統治法

1935年にインドに連邦制と地方政治で大幅な自治を認めた法律。国民会議派が州レベルで進出し、イスラーム教徒が少数派になったため新たな対立が起こった。

 1935年、イギリスが憲政改革調査委員会と3回にわたる英印円卓会議を経て作り上げた、インド統治法に代わる新しいインド統治法。1935年憲法ともいう。478カ条からなる「世界最長文の欺瞞的憲法」と評された。連邦制の導入と州政府での自治は認めたが、実際には様々な保留事項を設けて、自治は見せかけのものにすぎなかった。その主な内容は、
(1)藩王国(土侯国)も含めた連邦制の採用。
(2)中央政府においては両頭政治の確立。
(3)州では責任自治制の導入。
(4)総督、州知事は絶大な権限を保持。など

州政府の自治の内容

 立法権を持つ州議会は選挙で選ばれ、その多数党が州政府を構成し行政権を執行するとされたが、事実上は州知事(総督の任命するイギリス人)が自由裁量権と拒否権を持ち、しかも議会に責任を持たず議会に諮らずに法や条令を発布できた。選挙はインド史上初めて女性にも選挙権が与えられたが、有権者約3000万(うち女性は500万)は、総人口の11%に過ぎなかった。

新インド統治法のもとでのインド

 1937年に新インド統治法のもとでの中央立法府と州議会の選挙が実施されると、国民会議派は圧倒的な勝利を占め、11州中の7州で単独の州政府を実現させ、州レベルの自治を担うこととなった。この国民会議派の「与党化」に対して、ムスリム連盟はパンジャーブとベンガルでは多数を占めたが多くの州で少数派となったので「ヒンドゥー支配体制」の到来として危機感を持つようになった。そのような中でインドは第2次世界大戦を迎えることになる。
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ノートの参照
第15章3節 エ.インドでの民族運動の展開