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十二・九学生運動

1935年の日本の華北分離工作に反発した中国民衆の反日運動。

 日本軍の華北分離工作に対し、国民政府が抵抗しないことに対し、国民の中に反日および反国民政府感情がさらに高まり、1935年12月9日、北京で大規模なデモが行われ、国民党に対し共産党との内戦を止めて一致して抗日にあたれという声が強くなった。これを十二・九学生運動という。このとき歌われた「義勇軍行進曲」が現在の中国国歌とされている。

Episode 中国国歌、義勇軍行進曲が生まれる。

 十二・九学生運動の時、学生たちが声をそろえて歌った歌があった。「起て!奴隷となることを望まぬ人々よ。われらの血潮をもって新たな長城を築こう・・・」。この曲の題名は「義勇軍行進曲」といい、ほかならぬ現在の中華人民共和国国歌である。作曲者は聶耳(ニエアル)といい、少数民族の母親をもつ昆明出身の若者だった。映画音楽をつくりながら共産党に入党、35年に『風雲児女』の主題歌としてこの歌を作った。映画は大ヒットが彼はその完成を見る前に国民政府の特務機関に追われて日本に亡命し、7月に藤沢の鵠沼海岸で遊泳中に事故死した。24歳だった。現在、鵠沼海岸には彼を記念した碑が造られている。<菊池秀明『ラストエンペラーと近代中国』2005 中国の歴史10 講談社 p.332> 
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ノートの参照
第15章4節 ウ.満州事変・日中戦争と中国の抵抗