印刷 | 通常画面に戻る |

八・一宣言

1935年、コミンテルンの方針で中国共産党が発した抗日統一戦線結成の呼びかけ。

 1935年7月、コミンテルンは第7回大会を開催して、従来の方針を大きく変更し、「反ファシズム統一戦線」を提唱した。中国については8月1日付けで「一切の救国、救民の組織が連合して、統一国防政策を樹立しよう」という宣言が、モスクワにいた中国共産党の王明によって発せられた。当時、長征の途上にあった国内の中国共産党は毛沢東が主導権を握っていたが、毛沢東も抗日民族統一戦線の結成に同調し、ついで36年の西安事件で張学良の呼びかけに応じて蔣介石との国共合作の交渉に入った。このような抗日戦線結成の機が熟しているところに、1937年、盧溝橋事件を起こし、日本軍の中国への全面的侵攻を開始して日中戦争に突入したのだった。
印 刷
印刷画面へ
ノートの参照
第15章4節 ウ.満州事変・日中戦争と中国の抵抗