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ビキニ環礁

南太平洋のマーシャル群島にある環礁の一つで、アメリカが1954年に水爆実験を実施。その近くを通った日本の漁船第五福竜丸が被爆した。

 ビキニ環礁とは、南太平洋のミクロネシアのマーシャル諸島に点在する環礁(サンゴ礁)の一つ。第二次世界大戦後、アメリカの国連信託統治領となっていた。1946年から、この地はアメリカの核実験の実験場として使用されるようになり、核兵器開発競争が激化する中、1954年からは新たに水素爆弾を始めた。付近の海域に放射性物質(「死の灰」と言われた)をまき散らしたが、同年の日本漁船第五福竜丸の被爆は世界的な問題となり、国際的な核実験禁止運動が起きる契機となった。

第五福竜丸事件

1954年、ビキニ環礁でのアメリカの核実験で日本漁船が被爆し、一人の死者を出した事件。

 1954年3月1日、太平洋で漁業に従事していた日本の漁船第五福竜丸が、アメリカがビキニ環礁で行った水素爆弾実験によって発生した「死の灰」を浴びた。半月後、焼津港に帰った第五福竜丸の乗組員が身体の異常を訴え、多量の放射能が検出された。乗組員の一人、久保山愛吉さんが9月に死亡した。久保山さんは、広島・長崎に続く、日本人の核兵器による犠牲者となった。
 この事件は世界を驚かし、ロンドンタイムスは「水爆最初の犠牲者、日本人漁民死す」と報じた。アメリカは第五福竜丸をスパイ船の疑いがあると発表しひんしゅくを買う。築地の市場では南太平洋で捕獲されたマグロがまったく売れなくなった。そして世界中からアメリカのトルーマン大統領宛に抗議の署名が届いた。これを期に原水爆禁止運動の声が上がり、翌55年、第1回原水爆禁止世界大会が広島市で開催された。<浜林正夫・野口宏『ドキュメント戦後世界史』p.109>
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ノートの参照
第16章2節 ア.朝鮮戦争と冷戦体制の成立