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ホッジャ

アルバニアのパルチザンをひきいて独立を達成した共産党の指導者。スターリン批判に反対してソ連と対立し、1961年に断交。親中国路線に転換した。

ホッジャはホジャまたはホージャとも表記 Enver Hoxha(1944~1985) は、アルバニア共産党を創設し、 第二次世界大戦中、アルバニアのイタリア・ドイツとのパルチザン闘争を指導して解放を勝ち取った。1944年、臨時政府の首班となり、46年にアルバニア人民共和国を樹立した。1954年からアルバニア勤労者統一党第一書記。1960年代はソ連と断交して親中国路線をとったが、毛沢東死後は中国とも対立して独自路線を強め、西側諸国、ソ連、中国とも交渉をもたず、鎖国状態のまま、独自の社会主義体制を維持した。

独自の鎖国政策

 ホッジャは当初、ユーゴスラヴィア共産党の援助で解放戦争を戦ったので、ティトーのユーゴスラヴィアとは友好関係にあったが、1948年のコミンフォルムのユーゴスラヴィア除名以後は袂を分かち、ソ連寄りの姿勢に転じ、国内のティトー派を粛清した。しかし、1956年にスターリン批判が始まるとホッジャはスターリン崇拝の立場を維持することを表明して、親中国路線をとることに転じた。毛沢東主導のプロレタリア文化大革命に対しても理解を示し、アルバニアでも共産主義の純粋化や宗教根絶の運動を起こした。しかし、毛沢東の死後、中国の鄧小平が改革開放路線をとるとそれを批判して中国とも対立するに至った。この間、西側陣営とはほとんど交渉しない鎖国政策をとり続け、経済の停滞を招いた。1985年、76歳で死去するまで最高指導者として君臨した。
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ノートの参照
第16章4節 イ.米ソ両両大国の動揺