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サラザール

1932~68年まで、ポルトガルで全体主義体制を布いた独裁者。

 1932年からポルトガルの首相としてサラザール体制という全体主義体制を作り上げ、第二次世界大戦後もその権力を維持し1968年に引退した。その後もサラザール体制は続いたが、1974年革命によって崩壊し、ポルトガル民主化が始まった。
サラザールは貧農出身で、もとはコインブラ大学の教授で1928年に蔵相として財政改革に当たり、32年に首相となった。33年には憲法を改正して独裁体制を確立した。
その体制はムッソリーニやヒトラーと同じファシズムであったが、第二次世界大戦ではイギリスとの経済的な結びつきが使ったため中立を守った。そのため大戦後もその体制を続けることができた。その支配体制は、地主階級・カトリック教会・軍部を基盤とした国民同盟という一党独裁を通じ、検閲や秘密警察によって反体制運動をおさえるものであった。またアフリカの植民地を唯一の経済基盤としてその支配を継続、植民地独立闘争を厳しく弾圧した。
1968年に引退するまでその地位にあった。70年に死亡すると、後継者カエターノの独裁体制が続いたが、スピノラ将軍ら国軍運動(MAF)によって1974年4月25日、クーデターが成功、独裁体制は倒された。(カーネーション革命) → ポルトガルの民主化
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ノートの参照
第17章1節 ア.米・ソ軍縮と緊張緩和