印刷 | 通常画面に戻る |

全欧安全保障協力機構/OSCE

全欧安全保障協力会議が1995年に常設機関となった。ソ連解体後のヨーロッパの集団安全保障で重要な役割を担っている。

 全欧安全保障協力会議(CSCE)が、1994年のブダペスト首脳会議でその機能を強化し、1995年に常設機関として改組された。OSCEは、Organization for Security and Cooperation in Europe の略。欧州安全保障協力機構ともいう。1975年のヘルシンキ宣言にもとづき、全ヨーロッパ諸国間の安全保障と協力について恒常的な問題解決にあたっている。

信頼醸成措置

 全欧安全保障協力会議(CSCE)は1975年に開催され、ヘルシンキ宣言を採択した。その第一バスケットで、信頼醸成・安全保障・軍縮で合意した。信頼醸成措置とは、国家間での相互不信を軽減させ、紛争防止に役立てる措置として「軍隊にかんする情報、防衛政策などを公開・透明にすること」<前田哲男編『現代の戦争』2002 岩波書店 p.327>であり、加盟国はこの信頼醸成措置を推進するために常設の機構であるOSCEを1995年に発足させた。

第二の国連

 冷戦後のソ連解体やユーゴスラヴィアの解体を受けて、ヨーロッパ全体を包含する安全保障の枠組みとして、現在重要性を増し得ている。2004年現在で55ヵ国が参加している。そのなかにはアゼルバイジャンやウズベキスタンなど、旧ソ連の中央アジアの諸国も含まれている。また、EUや、軍事機構としてのNATO加盟国(つまりアメリカも)もすべてOSCEに含まれている。そのことから、OSCEは「第二の国連」と言われることもある。
 2014年に表面化したウクライナの紛争でもOSCEの役割が期待されている。

OSCEと日本

 現在、日本はOSCEの協力国となっている。しかし、国内ではOSCEについてほとんど知られていない。世界史用語集でも独立した項目になっておらず、高校生もほとんど学ぶ機会がないのではないだろうか。
 ソ連崩壊、東欧社会主義圏の解体という激動の中で、ヨーロッパ諸国が、集団的自衛権ではなく、集団安全保障を掲げ、OSCEを作ったことは、東アジアの一員である日本もわれわれも学ばなければならない。中国の一方的な軍備増強を脅威に感じ、尖閣や竹島を守るために、アメリカとの集団安全保障に依存しようという昨今の日本の姿勢は、遺憾ながら“遅れている”―しかも19世紀のビスマルク時代まで―としか見えない。“信頼醸成措置”の方策を立てなければならないのに、いまだに植民地支配を正当化し、南京虐殺、従軍慰安婦を否定するという“歴史認識問題”にこだわり、中国・韓国を刺激している。これでは世界の国際政治の進歩から取り残されてしまうのではないだろうか。
 → OSCEホームページ
印 刷
印刷画面へ
ノートの参照
第17章1節 ア.米・ソ軍縮と緊張緩和
書籍案内

前田哲男編
『現代の戦争』
2002 岩波小辞典