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第1回三頭政治

前1世紀、共和政ローマ末期の前60年~前49年、カエサル・ポンペイウス・クラッススによる寡頭政治。有力な三者による私的な政治同盟であったが、カエサル・ポンペイウスの対立で瓦解した。

 前60年カエサルポンペイウスクラッススの有力三者が、争いを止め、協力態勢をとった政治同盟のこと。元老院の合議制というローマ共和政の原則の前に、完全な独裁権を実現できず、有力者が秘密裏に私的な盟約を結び、元老院に対抗しようとしたもの。カエサルは将軍、ポンペイウスは軍人で政治家、クラッススは富豪として、それぞれ人気があったが、まだ互いの名声に依存しなければならなかった。

反元老院の政治同盟

 元老院の伝統的な支配を維持しようとする勢力は当時、閥族派と言われたが、それに対して元老院の影響から解放されるため、民会を基盤に政策を進めようとした勢力を平民派と言った。この三人のうちポンペイウスとクラッススはもとは閥族派の有力者スラの腹心であったが、この時点では平民派寄りの姿勢をとっていることになる。
 三頭政治の成立によって、執政官(コンスル)に当選したカエサルは、翌前59年に元老院の権限を牽制する幾つかの法を制定し、その改革にあたった。そのうえでカエサルは、翌58年からガリア遠征を開始、ローマを離れたが次々と勝利をもたらし、その軍人としての名声はますます高まった。しかしその間、ローマでは元老院の反カエサルの動きも強まったため、カエサルは前56年4月、北イタリアのルッカにポンペイウス、クラッススを呼び寄せ(ルッカの会談)、結束を固めた。そのとき、三者の間で、カエサルはガリア支配の延長、ポンペイウスはヒスパニアの属州総督、クラッススはシリア遠征の軍事指揮権を認めることで合意し、それぞれの勢力圏を分割した。

三頭政治の崩壊

 カエサルは娘ユリアをポンペイウスに嫁がせて血縁関係を結び、結束を強くし、この体制は6年近く続いた。しかし、前54年にユリアが死去したころから、次第に関係は冷却していった。また、カエサルやポンペイウスの軍人としての業績に対抗するためにクラッススが無謀なパルティアへの遠征を行い、その途次の前53年に戦死したことによってその一角が崩れると、カエサルとポンペイウス間に亀裂が入り、ローマの軍事指揮権をいずれがもつべきかについて、元老院・ローマ市民も両派に分かれて対立するようになった。ガリアでローマ帰還の機会を狙っていたカエサルは、前49年についに軍を率いてルビコン川をわたり、ローマに進撃して三頭政治は崩壊した。両者は激しい「ローマの内乱」に突入、カエサルの優勢のまま、ポンペイウスはローマを脱出し、小アジアからエジプトに逃れ、前48年、ファルサロスの戦いで敗れエジプトに逃れたが、その地で暗殺され、カエサルの勝利で終わった。

参考 第1回三頭政治という呼称

 この三者による政治同盟は、当時は「三頭政治」といわれたわけではない。つまり公認されたものではなかった。それに対して、前43年~前32年のアントニウス・オクタヴィアヌス・レピドゥスの三人による共同統治は第2回三頭政治といわれているが、こちらは当時も公認のものであった。それに先行する三人の有力者による政治を後に「第1回三頭政治」とよぶようになった。
 三頭政治は、呼称が私的なものか公式なものかはさておいて、いずれも元老院に対抗するため、有力者がやむなく妥協した政治的同盟(本来は一致できないのに、他の目的から表面的に妥協した野合といわれても仕方がない)であり、ローマ共和政からローマ帝国へと移行する内乱の1世紀といわれた過程で生まれた、例外的で特異な政治形態であって恒常的なものではなかった。

Episode 提携と協和こそ国家の禍

(引用)当時あたかもカエサルは征戦から帰還して、政界にその姿を現わし、絶大な人気を収めて将来の勢威のほどを思わせた。ポンペイウスおよび国家当局にとっては禍いなるかなである。彼はこの時はじめてコンスルに立候補したが、クラッススとポンペイウスが不和であり、一に左袒すれば他を敵とせざるを得ぬ事態と見るや、両者の和解のために犬馬の労をとった。これは正当な政治的判断に導かれた美挙ともいえようが、実は不純な動機から発して巧妙に陰謀を蔽い隠した行為にすぎなかった。なぜなら、ボートが平衡を失った時のことく、政界の諸勢力が一点に集結し、特別な重みを形成して敵対者は影をひそめ、国政を半身不随とならしめたのである。カトー(註、小カトー)の言によれば、後日カエサルとポンペイウスとが相争ったことにより国家が覆滅されたと説くのは、結果をもって原因と見なすところの誤謬である。何となれば、両者の抗争と不和ではなく、提携と協和こそ国家にとって最初かつ最大の禍だったからである。<プルタルコス/吉村忠典訳『プルタルコス英雄伝』下 ちくま学芸文庫 p.125-126>
 プルタルコスの、三頭政治を「政界の諸勢力が一点に集結し、特別な重みを形成して敵対者は影をひそめ」た、あたかもボートの平衡が失われた状態という評価や、カトー(小カトー)のことばという「提携と協和こそ国家にとって最初かつ最大の禍」との評価は、現在(2018年8月)の日本の政治状況について述べているようにも思える。