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クレタ島

エーゲ海の南に横たわる大きな島。前2000年ごろクレタ文明が繁栄し海上王国が成立。その後も交易の場として続き、抗争の舞台となる。現在はギリシア領。

 地中海世界につながるエーゲ海の南端に位置するギリシア領最大の島。エジプト、小アジア、メソポタミアに近く、東地中海の文明の交流の舞台となった。前2000年頃、クレタ文明が栄え、海洋王国が繁栄した。その中心のクノッソス遺跡は1900年にイギリスのエヴァンスによって発掘され、王宮跡などがみつかっている。クレタ文明には文字も発見されており、それはクレタ絵文字といわれ、クレタ文明後期には線文字Aが生まれているが、いずれも未解読であり、その民族系統も不明である。ギリシア神話ではクレタ島にはミノス王という王が住んでいたとされているので、ミノス文明とも言われる。
 クレタ文明は理由は不明であるが次第に衰退し、前1600年ごろからエーゲ海域の文明の中心はギリシア本土のミケーネに移行する。前1400年ごろにはクレタ王国もギリシア本土から侵攻したアカイア人に征服されたと考えられている。

クレタ文明後のクレタ島

 前66年にローマ領となり、長くその支配を受けた後、3世紀以降はゲルマン系民族の侵攻を受けた。東地中海の交易上、重要な位置にあったので、9世紀からはビザンツ帝国とイスラーム勢力の抗争地となる。13世紀以降はイタリアのヴェネツィア商人が進出、レヴァント貿易の拠点となった。17世紀中頃からはオスマン帝国の支配を受けることとなり、ギリシア正教とイスラーム教の対立が続いた。1830年にギリシア王国がオスマン帝国から独立すると、クレタ島の正教徒もギリシアへの併合を掲げてオスマン帝国とたびたび衝突、バルカン戦争(第1次)後の1913年にギリシア領となった。
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ノートの参照
第1章2節 ア.地中海世界