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アカデメイア

古典期ギリシアのアテネでプラトンが開設した学園。

プラトンアテネに設けた学園。アカデメイアの名は、設置された場所が英雄アカデモスをまつる神域だったからとされる。また、Akademeia が、英語の Academy の語源となった。学園にはオリーブの林があり、プラトンはそこを逍遙しながら思索にふけったという。なお、アカデメイアはプラトン没後も継承され、長く続いたが、529年に東ローマ帝国のユスティニアヌス帝の命によって異教の学校として閉鎖された。多くのギリシア人学者はササン朝に移り、ホスロー1世の保護を受けた。

ルネサンス期のプラトン=アカデミー

 アカデメイアは閉鎖されたが、ビザンツ帝国のもとでギリシア人の中でのプラトン思想の伝承と研究は続いた。さらにビザンツ帝国がイスラーム国家であるオスマン帝国によって脅かされ、1453年にコンスタンティノープルが陥落して滅亡すると、その前後に多くのギリシア人学者がイタリアに亡命した。それはイタリアのルネサンスの古典復興に大きな刺激となり、フィレンツェコシモ=ディ=メディチの手によってプラトン=アカデミーが設けられ、多くの人文学者によってギリシア古典が研究されることとなった。
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第1章2節 コ.ギリシアの生活と文化