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五代十国の争乱

唐滅亡後の10世紀、中国で続いた争乱。

907年の唐の滅亡、朱全忠の後梁建国から、979年の宋の中国統一までのほぼ10世紀前半の分裂期を五代十国という。五代とは、華北におよそ10数年ずつ交替した、後梁後唐後晋後漢後周の五王朝のこと、十国とはその他の地域に興亡した、呉越・南唐・前蜀・後蜀・呉・閩(びん)・荊南・楚・南漢・北漢などの十王朝をいう。 → 五代十国

五代十国の社会変動

 この時代は、律令制の崩壊後、唐の貴族階級が没落し、新興地主層が成長するという社会的変動の中で、各地の軍事勢力である節度使(藩鎮)が自立し、抗争した。各王朝では節度使となった武人が武力を持って権力を奪い、また武力を背景に強権的な政治を行うという武断政治が行われた。

東アジアの変動

 また、唐を中心とした東アジアの国際秩序もこの時代に崩壊し、中国の周辺でも大きな変動が起こった。そのいくつかを挙げれば次の通りである。
 ・916年 モンゴル草原東部の契丹族を統一した耶律阿保機が遼を建国。
 ・918年 新羅の部将王建が、高麗を建国。
 ・926年 契丹が、渤海を滅ぼす。
 ・935年 高麗が新羅を滅ぼし、朝鮮半島を統一。
 ・936年 契丹(遼)が、中国の後晋から長城以南の燕雲十六州を獲得。
 ・937年 雲南に大理国が成立。
 ・939年 日本に承平・天慶の乱(平将門・藤原純友の反乱)が起きる。→藤原氏の摂関政治へ。
 ・ 〃 年 ベトナムで独立政権成立。 → 1009年に李朝大越国)成立。

統一の回復

 960年に華北に建国した趙匡胤が華北の後周を滅ぼし、五代は終わる。なおも十国以来の地方政権が存続したが、979年に宋の太宗がそれらを滅ぼして、中国の統一を回復した。
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ノートの参照
第3章2節 オ.五代の分裂時代