印刷 | 通常画面に戻る |

コルドバ

イベリア半島の都市で後ウマイヤ朝の都としてイスラーム文化が栄えた。レコンキスタにより、1236年にカスティリャ王国が併合した。

 イベリア半島(スペイン)のアンダルシア地方の都市。756年から、後ウマイヤ朝の首都。10世紀に最盛期となり、イスラーム文化の西方の拠点となった。ヨーロッパの諸国からも留学生が集まってきていたという。国土回復運動(レコンキスタ)が進むなかで、1236年、カスティリャ王国に併合された。

Episode コルドバの繁栄-共存が発展を産んだ

 10世紀の後ウマイヤ朝の都コルドバは、世界でも有数の大都会であった。史料によれば、モスクの数1600、高官や貴族の邸宅6万300、庶民の家21万3077、店舗8万455を数え、人口は50万を下らないと推計されている。コルドバは洗練された文化の都でもあった。クリスタル・ガラスの製造は9世紀後半コルドバで発明され、金・銀の細工師の技術はビザンツ帝国のそれと競うほどであった。バグダードからやって来たジルヤーブは、コルドバの宮廷で召し抱えられ、ウード(琵琶の一種)の演奏や歌手として名声を博した。彼はまた、バグダードの多くの優雅な文化をコルドバの市民に伝えた。・・・各地からユダヤ教徒がイスラームのスペインに移住してきた。首都コルドバはムスリムだけでなく、多数のキリスト教徒とユダヤ教徒が住み、商業や文化活動に参加していた。<『都市の文明イスラーム』新書イスラームの世界史1 講談社現代新書 私市正年 p.200>
印 刷
印刷画面へ
ノートの参照
第5章1節 エ.イスラーム帝国の分裂