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製紙法

中国で発明され、751年のタラス河畔の戦いでイスラーム世界に伝えられ、サマルカンドに製紙工場がつくられた。

 は中国の後漢の宦官蔡倫が発明改良し、唐で普及し、751年のタラス河畔の戦いの時、唐軍の捕虜からアッバース朝のイスラーム世界に伝えられたとされている。このときの捕虜の中に含まれていた紙漉工などが、まもなくできたサマルカンドの製紙工場での中心的な技術者となり、麻を原料にした紙の生産が始まった。製紙法は次第に西方にひろがり、ダマスクス、エジプトを経てアフリカ北岸沿いに西に伝わり、12世紀にイスラームの支配下にあったスペインに伝わり、バレンシア地方に製紙工場が建てられた。ついで13世紀にイタリアで製紙工場がつくられ、14世紀にはヨーロッパ全域で紙の製造が始まった。
 エジプトではパピルス(Paperの語源)の茎を使った紙が使われていたが扱いや保存に適さず、ローマ時代からは羊の皮をなめした羊皮紙が使われるようになり、ヨーロッパ中世にはほとんどそれが使用されていた。羊皮紙は価格が高く一般の庶民に書物が普及することはなかったが、製紙法が伝わり、印刷術が知られるようになった14世紀には、書物が普及し、知的水準を一挙に高めた。<以上 藪内清『中国の科学文明』岩波新書1970> → 羅針盤 火薬 活字印刷

イスラーム世界への伝播

 イスラーム世界でも紙が使用される前は羊皮紙またはパピルス紙だった。751年に数名の中国人捕虜が、亜麻、リンネル、または大麻のきれはしから紙を製造する技術を初めて伝えたのはサマルカンドにおいてであった。紙を意味する古いアラビア語であるカーガドは、たぶん、ペルシア語を経由した中国語が語源である。
 製糸業は、まもなくサマルカンドからイラクに伝わり、794年にホラーサーンの知事だったバルマク家のアル=ファドル=イブン=ヤヒヤの提唱で、最初の製紙工場がバグダードに建設された。ハールーン=アッラシードの宰相(ヴァジール)だった彼の弟のジャアファルは、政府省庁で使う羊皮紙を紙に代えた。他のイスラーム都市でもサマルカンド方式で製紙工場が作られたが、しばらくはサマルカンドの製品がもっとも上質であると考えられていた。しかし、11世紀には、もっと上質の紙がシリアの各都市で製造されるようになった。
 9世紀の終わり、製糸業は西アジアからエジプトのデルタ地帯に伝わった。エジプトでは、いくつかの都市が古くからカラーティーヌという名でパピルスを用紙としてギリシア語圏諸国に輸出していた。10世紀の終わりまでには、イスラム世界全体で、紙がパピルスと羊皮紙を完全に駆逐するのに成功していた。<ヒッティ/岩永博訳『アラブの歴史』下 講談社学術文庫 p.135-136>
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ノートの参照
4章4節 イ.イスラームの社会と文明
書籍案内

藪内清
『中国の科学文明』
1970年 岩波新書

ヒッティ/岩永博訳
『アラブの歴史 下』
講談社学術文庫 1983