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ベーメンの反乱

1618年に起こったベーメン(ボヘミア)の新教徒の神聖ローマ皇帝に対する反乱。三十年戦争の発端となった。

 ベーメンは現在のチェコ西部でボヘミアとも表記(ベーメンはドイツ語)。10世紀以来、神聖ローマ帝国を構成するベーメン王国として存続していた。15世紀にはカトリック教会を批判したフスが現れ、農民戦争(フス戦争)が起こったが弾圧された。16世紀からはハプスブルク家の支配を受けていたが、宗教改革が起こるとフスの伝統もあって、新教徒が多くなり、ハプスブルク家もそれを容認していた。ところがあらたにベーメン王となったハプスブルク家のフェルディナンドは、ベーメンに対するカトリックの強制を強化しようとした。それに反発したベーメンの新教徒は、1618年、プラハで代官に抗議し、代官を役所の窓から投げ捨てた。ベーメンの新教徒はフェルディナンドを国王と認めず、カルヴァン派のファルツ選帝侯フリードリヒをあたらに国王に迎えた。これを機に新教諸侯の連合(ユニオン)と、カトリック諸侯の同盟(リガ)両軍の戦争となった。翌年、神聖ローマ皇帝となったフェルディナンド2世はスペインからの援助を受けて新教徒軍を攻撃し、1623年までに新教側はほぼ鎮圧された。しかし、1625年にデンマーク王クリスチャン4世が新教徒支援に介入してドイツに進軍し、国際紛争化、三十年戦争に拡大し1648年まで続くこととなった。

Episode プラハの窓外投げ出し事件

 1618年5月23日、ベーメンの首都プラハの王宮で、神聖ローマ皇帝の代官が、激高した新教徒たちによって、役所の窓から投げ出されたのが三十年戦争の発端であった。地上20mの窓から落とされた三人は、城の濠の中のゴミための上に落下し、命を取りとめて助けられた。新教徒たちは「皇帝の犬ども」ととののしりながら、窓から小銃の射撃を浴びかけた。
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ノートの参照
8章4節 カ.17世紀の危機と三十年戦争