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砂糖プランテーション

16世紀以降、ブラジルで行われた黒人奴隷労働力による砂糖に特化した大農園。

 大航海時代以来、ヨーロッパの白人入植者によって、アジア・アフリカ・新大陸などで始まったプランテーションのなかで、ポルトガル植民地であったブラジルで、アフリカの黒人奴隷を労働力として、砂糖の生産に特化して行われた大農園。多数の黒人奴隷に苛酷な労働を強制し、本国ポルトガル(及び一時ポルトガルを併合したスペイン)に大きな利益をもたらした。

ブラジルの奴隷制砂糖プランテーション

(引用)ポルトガルは1500年にブラジルの領有権を主張し、その後50年のうちに、大規模な砂糖プランテーションの経営を開始した。砂糖プランテーションでの労働は、人類史上もっとも苛酷な労働であったと言われている。したがって、それは完全に奴隷労働の領分であった。1550年から1800年の間に、ブラジルだけでおそらく250万余りのアフリカ人奴隷を吸収したものと思われる。だが、1800年の黒人人口は100万人にすぎなかった。彼らはどこへ消えてしまったのだろうか? 大半が亡くなり、逃亡した者も少しはいた。奴隷所有者は、まじめに働く奴隷なら2年後には利益を生み出しはじめると計算した。しかし、5年ないし6年後には使い物にならなくなり、新たな奴隷が必要となった。そして、彼らの労働条件を改善したり、家族を持たせたりするより、死ぬまで働かせて、後釜に切り換える方が費用対効果の点で有利であることが明らかになった。あらゆる歴史のなかで、これほど人間の尊厳を損なった金儲けの例は稀である。<クリス・ブレイジャ『世界史の瞬間』2001 青土社 p.108-109>
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ノートの参照
9章2節 ウ.奴隷貿易と近代分業システムの形成
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クリス・ブレイジャ
『世界史の瞬間』
2001 青土社