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砂糖

16世紀以降、世界的な貿易商品となった農業加工品。原料はサトウキビ、砂糖大根。

 砂糖は現在の私たちにとっては、欠くことのできない、またありふれた甘味料となっているが、それがヨーロッパで普及したのは16世紀以降のことである。砂糖が普及する前の甘味料としては蜂蜜などが用いられているにすぎなかった。砂糖はサトウキビ(甘蔗)という植物が原料で、原産地はかつてはインドとされていたが、現在ではインドネシアのどこかと考えられている。サトウキビの栽培と製糖の技術は、まずイスラーム世界で始まり、11~13世紀にはエジプト産の砂糖がカイロのカーリミー商人の手によって輸出され、「砂糖はコーランとともに」西方に伝わった。英語の砂糖 sugar はアラビア語の砂糖を意味する sukkar 、砂糖菓子の candy はアラビア語の粗糖を意味する qand が語源であるという。

ヨーロッパへの伝播

 砂糖は十字軍運動を通じてヨーロッパに知られるようになったが、初めは貴重な薬品として用いられていた。大航海時代になってコロンブスは第2回の航海で西インド諸島にサトウキビの苗木を持ち込み、後にスペイン人によるサトウキビの栽培が開始された。

砂糖プランテーション

 ポルトガルは1500年にブラジルを獲得すると、アフリカからもたらされる黒人奴隷労働を使ったサトウキビの栽培に乗り出し、砂糖プランテーションを作った。これが大成功となり、以後世界の砂糖貿易はポルトガルが主導権を握った。その後、イギリスのバルバドス島やジャマイカ島、フランス領のサンドマング(1804年、独立してハイチとなる)のマルチニク島など西インド諸島でも砂糖の栽培に力を入れるようになり、これらの砂糖プランテーションではアフリカからの黒人奴隷が労働力として広く用いられるようになった。

砂糖需要の増大

 こうして、砂糖はヨーロッパ・アフリカとを結ぶ、三角貿易の主要な商品(staple)となった。砂糖の消費が爆発的に増加したのは、17世紀のイギリスで、コーヒーハウスが流行し、始めコーヒー、ついでに砂糖を入れて飲む習慣が始まったことによる。
 18世紀のイギリスでは、アジア産の茶に西インド産の砂糖を入れ、アジア産の陶器に入れて飲むという、まさに「世界商品」を消費する国となった。同時に「砂糖のあるところに奴隷あり」と言われるように、黒人奴隷によるプランテーションで生産されていたのである。19世紀の中頃はスペイン植民地のキューバが最大の産地となった。<以上、川北稔『砂糖の世界史』1996 岩波ジュニア新書などによる>
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ノートの参照
9章2節 ウ.奴隷貿易と近代分業システムの形成
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川北稔『砂糖の世界史』
1996 岩波ジュニア新書