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ヴェネツィア併合

1866年、イタリア王国がオーストリア領ヴェネティアを併合。

ヴェネツィア(とそれを中心としたヴェネト地方)は、ロンバルディアとともにウィーン会議でオーストリア領とされていた。1858年のイタリア統一戦争ではサルデーニャ王国がその併合を目指したが、同盟国フランスが単独でオーストリアと講和したため実現できなかった。1861年のイタリア王国成立に際してもオーストリア領のまま残されていた。1866年に普墺戦争(プロイセン=オーストリア戦争)が勃発すると、イタリア王国はプロイセン王国を支援し、プロイセンの勝利によってオーストリアにヴェネツィア(ヴェネト地方)の併合を認めさせた。しかし、ヴェネツィアの東方に隣接するトリエステや南チロル地方などのイタリア語地域はオーストリア領として残っていたので、それらの地域は「未回収のイタリア」と言われ、その後もイタリア政府と世論がオーストリアからの奪還を目指すことになる。
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第12章2節 オ.イタリアの統一