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ローマ教皇領占領

1870年、イタリア王国はローマ教皇領を占領、翌71年、首都をローマに移しイタリア統一を完成させた。

イタリアの歴史と地理のいずれにおいても中心に位置しているローマを併合することはイタリア統一の悲願であったが、ローマ教皇(ピウス9世)は駐屯するフランス軍に守られてローマ教皇領に対する世俗的支配権を主張し、王国への併合を拒否していた。しかし、1870年、普仏戦争が勃発して、ローマ駐留フランス軍が撤退したあと、イタリア王国軍はローマ教皇領を占領し、併合を強行した。

イタリア統一の完成

 これによって中世以来存続したローマ教皇領は消滅し、イタリア王国は半島ほぼ全域を統一した。翌1871年には首都をローマに移し国王ヴィットーリオ=エマヌエーレ2世もローマに入り、イタリアの統一リソルジメント)が達成された。ローマ教皇はすべての教皇領を失い、狭いヴァチカンに閉じこもることとなった。イタリア王国とヴァチカンはその後も対立が続く(ローマ問題という)。この問題は、1929年にムッソリーニラテラン条約をローマ教皇と結び、ヴァチカン市国の存在を認めることによって解決した。
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ノートの参照
第12章2節 オ.イタリアの統一