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仇教運動

19世紀後半~20世紀初め、中国の民衆の中に起こった反キリスト教運動。

 中国の雍正帝の時にキリスト教の布教禁止がなされてから、1858年の天津条約によって公式に再開が認められた。以後、カトリックとプロテスタントの両派とも積極的な布教を展開するようになった。その結果、キリスト教は民衆に浸透し、社会に不満を持つ層の支持を受けて太平天国の乱が起こった。
 しかし、中国でのキリスト教はヨーロッパ諸国の力を背景にした特権的な存在であり、治外法権によって守られている存在であったので、外国人宣教師および外国人一般に対する反感も次第に強くなった。キリスト教の教えが儒教的な秩序を脅かすととらえた地方の郷紳の中には民衆を扇動して教会や宣教師を襲撃する事件(これを教案という)を起こすことが多くなってきた。
 また仏教系の民間信仰と結びついて、キリスト教を激しく排斥しようとしたのが、義和団であった。
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ノートの参照
第14章3節 イ.日露対立と列強