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膠州湾

1898年、ドイツが清から租借した山東半島の南側にある湾。その入口に青島港を建設した。

 こうしゅうわん。中国の山東半島の南側にあり、天然の良港であった。1898年、列強が中国分割を行った際、ドイツがこの地を99年間の租借を認めさせ、湾の入口に青島(チンタオ)港を建設して、ドイツ東洋艦隊の拠点とした。

日本軍の青島占領

 第一次世界大戦が起こると、日本は日英同盟にもとづいて参戦し、青島を占領した。日本はさらに1915年1月、二十一カ条要求を中国政府に突きつけ、膠州湾の還付を条件に山東省のドイツ権益の継承を強要した。パリ講和会議では中国の抗議にもかかわらず、日本の首長が認められたため、五・四運動など激しい反対運動が起こった。日本の中国大陸進出は、次第にアメリカの警戒するところとなり、1922年のワシントン会議では日本に迫り、九カ国条約によって日本は膠州湾租借地など山東権益を中国に返還した。 → 山東問題
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ノートの参照
第14章3節 ア.中国分割の危機