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瑞金

1931年、中国共産党が中華ソヴィエト共和国臨時政府を置いた。

 瑞金(ずいきん)は江西省の山間部にある。1931年11月に中国共産党がこの地を本拠地として、「中華ソヴィエト共和国臨時政府」を樹立した。中国に出現した最初の共産党に指導された労働者・農民の権力が成立したところである。
 1928年から31年にかけて、毛沢東は「農村を武装して都市を包囲する」戦略を立て、井崗山以外の紅軍の根拠地を農村に建設することを進めた。しかし共産党の主流は、ソ連に留学したグループ(李立三ら)が握り、都市での蜂起を主とした全国武装蜂起を企てた。しかし1930年7月の「長沙ソヴィエト」樹立を除いていずれも失敗し、蔣介石の指揮する国民政府軍の攻勢(囲剿作戦)によって次第に後退した。その間も毛沢東は農村根拠地の拡大に努め、1931年の満州事変の勃発後、この瑞金を首都とする中華ソヴィエト共和国の建国を宣言した。

中華ソヴィエト共和国

1931年、中国共産党が瑞金で樹立した労働者・農民の政権。

 1931年11月7日(ロシア革命記念日)、江西省瑞金で中国共産党を中心とした各地のソヴィエト政権の代表が集まり、第1回中華ソヴィエト代表大会を開き、中華ソヴィエト共和国臨時政府の樹立を決定した。主席には毛沢東を選出した。瑞金を首都とするこの国は、人口1千万にすぎない小国であったが、中国共産党が実現した国家建設として重要である。1932年4月には「対日戦争宣言」を行っている。その後4年間存続したが、抗日戦よりも共産党撲滅(囲剿作戦)を重視してそれに全力を挙げる蔣介石の国民党軍の包囲攻撃を受け、1934年10月に瑞金を放棄して「長征」(大西遷)を敢行することとなる。
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ノートの参照
第15章3節 ウ.国民党と共産党