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イギリスのEC加盟

イギリスのヨーロッパ共同体(EC)加盟はフランスなどの反対で拒否されていたが、1973年、オイルショック後の世界経済が変化したことによって加盟が実現した。

 イギリスは1957年に結成されたEECに加盟せず、1960年にはそれに対抗してEFTAを結成するなど、独自路線を歩んだ。しかし、EFTAは工業力でEECに対抗できず、イギリスは輸入超過に悩み、経済不振に陥った。そこでマクミラン内閣(保守党)は方針を転換して1963年にEEC加盟を申請したが、フランスのド=ゴールはイギリスの背後にあるアメリカ経済の影響力が強まることなどからそれに反対し、イギリス加盟は失敗した。

加盟実現の背景

 次いで第1次ウィルソン内閣(労働党)は1967年にポンドを切り下げて貿易収支の改善を図ったがなお事態は改善されなかった。1971年のドル=ショックでアメリカ経済の後退がはっきりしたこと、さらに1973年にオイル=ショックが起こり欧州経済統合の拡大に迫られたことなどから、同年、ようやくイギリスのヒース内閣(保守党)の時、ヨーロッパ共同体(EC)加盟が実現、拡大ECと言われるようになった。1975年に第2次ウィルソン内閣(労働党)はEC残留かどうかを国民投票に問い、残留が承認された。
 その後のサッチャー政権(保守党)はEC統合の強化には消極的で、通貨統合には反対し、イギリスは統一通貨ユーロを導入せず、通貨はポンドをそのまま使用している。
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ノートの参照
第17章1節 イ.先進経済地域の統合化