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イギリスの離脱 BREXIT

イギリスは2016年の国民投票でEU離脱を決め、2020年2月に正式に離脱した。このことを、British と exit の語を合成して Brexit (ブレグジット)という。離脱後の自由貿易協定(FTA)などでも2020年末までに合意が成立した。

イギリスとEU

 ヨーロッパ連合(EU)は2004年に調印したEU憲法が、翌年フランス、オランダの国民投票での否認によって成立せず、「憲法」という国家指向の用語を避け、2009年にリスボン条約を調印してマーストリヒト条約などの基本条約の一つに加え、従来のEU理事会やEU議会に加えて、EUを代表するEU大統領(通称)を設置するなど、実施的な政治機構をつくりあげた。しかし、このようなEUが地域連合から一歩進んだ政治的統合を進めることに対して反対する動きもまた活発になってきた。
 2010年代後半から、イギリスではヨーロッパ大陸国家に対する歴史的な優越感(大英帝国以来の)と同時に警戒心が強く、EECに不参加であり、ECへの参加も長く見送られていた。一方の大陸国家側にもイギリスに対する不信は強く、特にフランスのド=ゴール大統領がイギリスのEC加盟に強く反対していた。そのため、加盟は長い間実現しなかったが、ようやくイギリスは経済の停滞がはっきりした1973年代にEC加盟に踏みきった。それでもなおユーロには加わらないなどの独自路線を貫いていた。
EU懐疑派の台頭 ところが、東西冷戦が終わった1990年代以降、世界的な分離主義の傾向が強まる中で、EU加盟国の内部にもEUがあまりにも強大になって国家の主権を脅かす存在になっていることへの批判が強まっていった。「国境をこえた協力」よりも「自国第一」を大切とする世界的な風潮が生まれるなかで、イギリスでもEU懐疑派が生まれた。懐疑派にとって2004年のEUの東方拡大による経済的に貧しい国の加盟は自国の成長の妨げになると捉えられていたが、決定的になったのは2011年のアラブの春以来の中東情勢の混迷の結果、多くの移民が押しよせてきたことだった。それらのイスラーム教徒移民がヨーロッパ各地で文化摩擦を引き起こしているとして、一部に不寛容な人種差別が拡がった。
「主権を取り戻せ!」 イギリスではもともと、EUとの経済一体化によって国内産業が衰退することを警戒して、労働党の一部には労働者の利益を守る立場から、保守党の一部には企業利益を守る立場からEU加盟に反対する勢力があった。しかし、2010年代から、既成の二大政党からではなく、新たに離脱を主張する勢力が現れた。彼らはEUによってイギリスの経済的主権だけでなく国家主権も脅かされているとして、「主権を取り戻せ!」を合い言葉にEU離脱を主張した。連合王国独立党(UKIP)のファラージなどがそのリーダーでイギリスのEU分担金が不当に高額であるというキャンペーンを展開した。政権政党の保守党キャメロン首相は党内の離脱派を押さえ、政権を安定させるために、EU離脱を国民投票にかけることに踏み切った。彼、およびマスコミや世界各国の予想は、離脱はイギリス全体の声にはならないだろうという見込みが強かった。

2016年の国民投票

 2016年6月23日、イギリスで行われた離脱の是非を問う国民投票では、3300万人が投票(投票率72.26%)、残留票48.1%、離脱票51.9%となり、僅差だがEU離脱が勝利した。直後に金融市場は混乱、ポンドは30年ぶりの安値、株式市場は300兆円以上の時価総額の損失となった。翌日、離脱派を率いてきた連合王国独立党(UKIP)のファラージ党首は勝利を宣言し、残留キャンペーンの陣頭指揮を執ってきた保守党キャメロン党首は辞意を表明した。経済界・政界に激震がはしり、すぐに400万人以上が再投票を求める意志を示したが認められなかった。
離脱派勝利の背景
(引用)投票結果は、イギリス社会の現状を反映したものだった。離脱派、残留派の投票行動は、保守党と労働党という二大政党を横断したものであったし、二大政党からUKIPへの支持が流出していることを示すものであった。その背景にあったのが、分断された社会であり、離脱賛同者は、学歴別では大卒者が3割なのに対して低学歴層は7割、年代別では18歳から24歳までの若年層で3割以下、50歳以上では6割を超えたという。地域別では、残留支持がスコットランド、北アイルランドで多く、ウェールズ、ロンドンを除くイングランドでは、離脱派が過半数を占めた。<長谷川貴彦『イギリス現代史』2016 岩波新書 p.184>
 イギリスのEUからの離脱を支持したのは「イングランドの地方に住む高齢の労働者層」であり、彼らの存在が現代の他のヨーロッパ諸国にも見られるポピュリズムの表出であり、「主権を取り戻そう」という離脱派の訴えが彼らの心をとらえたのだった。EU残留を支持した都市の若年層、高学歴層との断絶、さらにEU離脱を選んだイングランドに対して、EU残留を求めるスコットランド、北アイルランド、ウェールズとの地域的な対立が、その後のイギリスでどのようになっていくかが注目される。

2020年の正式離脱

 イギリスの離脱はブリクジット BREXIT と言われ、離脱派は驚喜したが、反対派、慎重派もなお勢いを持っており、国論は二分される状態が続いた。キャメロンが退陣した後の保守党ではテリーザ=メイ首相がEU側との離脱交渉に当たることになったが、交渉は困難を極め、イギリス議会も離脱協定を廻って大揺れとなった。離脱協定案が数度にわたって議会で拒否された後、メイ首相は辞任した。
 2019年7月、保守党の中で離脱推進の中心人物であったジョンソンが党首に選出され、首相となった。12月12日の総選挙はジョンソン政権の保守党が勝利し、イギリス国内での離脱方針が確認され、2020年2月1日、正式に離脱した。ただし、同年12月31日までは移行期間としてイギリスは加盟国と同様に扱われ、その間に関税、漁業権問題など未解決の問題を処理交渉がギリギリまで進められた。

離脱をめぐる苦悩

 離脱後のイギリスとEUの関係をどうするか、離脱決定後もゴタゴタが続いた。双方で意見の隔たりが大きいのは貿易のありかたと漁業権である。それに加えてアイルランドと北アイルランドの国境をどうするかについても細部がつめられていなかった。貿易のあり方に関しては、双方が自由貿易協定(FTA)を締結して円滑な貿易を維持したい点では一致しているが、具体的にはそれぞれが有利な条件を得ようとして折り合いが困難だった。この点はEU側としてはイギリスが勝手に離脱していながら、かつてと同じ条件を要求しているとして渋い顔をしている、というのが実態であろう。イギリスはイギリス企業がEUで同じように商売したいと考え、EU側は制限をかけたいとしている。この問題はイギリスに工場を持っている日本の自動車会社などの企業にとっても重大な影響が出てくる。最悪の場合を想定してイギリスから撤退する日本企業も出てくるかもしれない。
 イギリスとEU、特にフランスが最も厳しく対立しているのが漁業権問題だ。イギリスの漁民はEUに加盟しているために周辺漁場をフランス漁船などに荒らされてイギリス漁業が衰退した、と考えており、EU離脱を主張した最大勢力だった。ジョンソン首相は「主権を取り戻す」といってEU離脱を実現したので、「海の主権」は譲れないという強硬姿勢を保っている。イギリスがEU側の漁業枠をどれだけ認めるのかが焦点になっている。
 アイルランドと北アイルランドの国境はイギリスが離脱しても自由貿易を維持し、自由に往来できるようにしていれば問題はないが、自由貿易協定が決裂して、イギリスが国境での関税徴収などの業務を行うようになると、ふたたび北アイルランド紛争が激化する恐れがある。これはヨーロッパの安定にも悪影響となることが考えられる。北アイルランド紛争の調停役を務めたアメリカも強い関心を持っている。いずれにしろ、2020年12月31日までは移行期間とされているが、それまでに合意を得られなければ、円満な離脱ではなく、自由貿易協定無き分離という最悪の事態に突入するかもしれない。この交渉の結果、両者間の自由貿易協定(FTA)は一定の合意が成立し、「合意なき離脱」はさけられることになった<2020/12/26記>。

NewS FTAでの合意が成立

 2020年12月24日、イギリスとEUは、年明けに新たな経済関係を定めた自由貿易協定(FTA)を締結することで合意した。イギリスのジョンソン首相と、EUのフォンデアライエン欧州委員長がテレビ会議で合意し、それぞれが発表した。年末までに議会の承認が行われ、「合意なき離脱」は回避され、年末までとされた移行期間が終わって新年からの混乱も回避される見通しとなった。合意の要点は次のとおり。
  • イギリス・EU感の関税ゼロは維持する。ただし通関手続きは必要となる。
  • イギリス人へのEUへの移動は従来のような自由ではなく、入国審査を必要とする。長期滞在にはビザを必要とする。
  • 双方の企業が公平に競争できるよう、環境・労働などの規制は高水準を維持する。
  • EUの漁業者がイギリスの海域で操業を継続できる移行期間を設置する。この間にEUの漁業割り当ては現状から25%削減される。期間後の割り当ては毎年の協議で決定する。
  • イギリスの金融機関が来年以降もEU内で業務を続けるには、EUがイギリスの金融規制が同水準だと認める「同等性評価」をFTAとは別に適用することが必要。
 <2020/12/26 新聞各紙>  AFPbb 【解説】ブレグジット後に変わること

NewS イギリスのEU離脱完了

 イギリスは、2020年12月31日午後11時(日本時間2021年1月1日午前8時)、ヨーロッパ連合(EU)からの離脱(ブレクジット)を完了した。ロンドンではビッグベンがブレクジットを告げる鐘をならした(ビッグベンは2017年から改修工事中であったがこの日は特別に稼働した)。
 2020年2月に離脱が決まり、今年一杯を移行期間として細部の交渉が行われた。12月24日に合意した自由貿易協定(FTA)は、12月30日に議会下院で賛成521、反対73の圧倒的多数で可決され、上院も投票なしで承認、女王の裁可を受け正式に決まった。離脱交渉には批判的であった野党労働党も、焦点だった関税は現状のゼロが維持されたので、合意なき離脱よりは「マシ」だとして賛成に回ったことが大きい。漁業協定ではEU側の操業を8割に削減することを求めたのに対して25%に留まったこともイギリスが妥協したとみられている。関税なしであっても通関手続きが必要とされたので、混乱が生じるのではないかと見られていたが、2021年1月1日の通関業務は平穏に行われた。<共同通信 その他各社ニュース 2021/1/2 より>  AFPbbニュース
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長谷川貴彦
『イギリス現代史』
2017 岩波新書