ソファラ
アフリカ東海岸モザンビークの海港都市。金などがムスリム商人によって交易された。
アフリカ東海岸、現在のモザンビークに含まれ、内陸部からこの地に運ばれた金はさらにキルワなどに運ばれてムスリム商人による重要なインド洋交易圏の貿易品とされていた。「ソファラ金」ともいわれるこの金は、内陸部のジンバブエ(旧ローデシア)にあったモノモタパ王国で産出したものが交易され、ここまで運ばれてきたものである。
「ソファラの黄金」
(引用)地域の輸出品として金が重要な位置を占めるようになった。西アジアで「ソファラの黄金」として知れるものである(なお、ソファラとはアラビア語でもっとも低い、つまり南にあるところという意味であり、ここでは 東南アフリカの沿岸一帯を指している)。<吉國恒雄『グレートジンバブウェ』講談社現代新書 p.47 講談社 Kindle 版>15世紀末にバスコ=ダ=ガマ船団が来航し、1505年にポルトガルの派遣したアルメイダの指揮する艦隊に占領され、城塞が築かれたために急速に衰え、ポルトガルの植民地支配を受けることとなった。