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神秘主義/スーフィズム

イスラーム教の広がりとともに生まれた神との一体感を求める民衆的な信仰。8世紀ごろにはじまり、12世紀ごろから神秘主義教団が生まれ、イスラーム教の各地への拡大の原動力となった。

 イスラーム教の拡張とともに8世紀の中頃にはじまり、9~10世紀に流行した、踊りや神への賛美を唱えることで神との一体感を求める信仰形態および思想を神秘主義またはスーフィズムという。スーフィズムは、修行者が贖罪と懺悔の徴として羊毛の粗衣(スーフ)を身にまとって禁欲と苦行の中に生きていたスーフィーから来た言葉であると考えられている。その思想は、自我の意識を脱却して神と一体となることを説き、形式的なイスラーム法の遵守を主張するウラマーの律法主義を批判することとなり、より感覚的で分かりやすいその教えは都市の職人層や農民にも受け容れられていった。

神秘主義は宗派ではない

 しかし、注意しなければならないのは、神秘主義(スーフィズム)は“宗派”ではないことである。スンナ派でもシーア派でもみられる、信仰の“実践形態”の一つであり、 またその形態も幅広く、コーランとハディースのみを重視して簡素で規律正しい生活を送ろうとするグループもあれば、それでは十分でなくより直接的、感覚的に神を体験することを重視するグループもあった。
 はじめスーフィーはきわめて少数であり、彼らは世俗を離れて修行していたが、次第に聖者としてあがめられるようになって弟子や崇拝者が集まるようになり、各地に「スーフィー修養所」が作られた。そのような聖者崇拝はいくつかスーフィー修道会に発展し、神秘主義教団を生み出していった。彼らは民衆の願望に答え、知識や規則ではなく、感覚で神と一体となる方法を広げながら、教団を拡大していった。<M.S.ゴードン/奥西俊介訳『イスラム教』1994 青土社 p.106-113>

神秘主義の理論化と拡張

 代表的なスーフィズムの理論家に、セルジューク朝ガザーリー(1111年没)がいる。12世紀ごろから、各地に神秘主義の修行者を崇拝する神秘主義教団が生まれ、その活動が、イスラームの大衆化を進め、同時にアフリカやインド東南アジア、中国に広がる背景となった。ムスリム商人の活動はこのような神秘主義教団の活動と一体になって進められ、アラビア語を解しなくともアッラーへの服従を説き、現地の土俗的な信仰と融合しながらイスラーム教の普及が進むこととなった。

インド・イランでの神秘主義

 インドでは南インドに始まるヒンドゥー教の改革運動であるバクティ運動と結びつき、15世紀末のカビールや16世紀初めのナーナクなどのヒンドゥー教との融合をめざす新宗教運動を生み出した。神秘主義教団の一つサファヴィー教団は、1501年にイランに入り、サファヴィー朝を建てた。

神秘主義に対する反動

 神秘主義(スーフィズム)はイスラーム教の普及拡大に大きな役割を果たしたが、同時に各地で土俗的な信仰と結びついたりして、本来のムハンマドの教えからは離れる傾向もあった。それにたいして18世紀のアラビアでイブン=アブドゥル=ワッハーブが起こしたワッハーブ派の運動は、そのような神秘主義を批判して、ムハンマドの教えに戻るイスラーム復興を主張した。彼らはコーランとハディースの教えに厳格な本来のスンナ派の信仰を復興させることを掲げ、アラビアにワッハーブ王国を建てた。このようなイスラム改革運動は、現在のイスラーム原理主義の一つの源流となっている。

出題

2011年 首都大学東京 第3問 問3 神秘主義(スーフィズム)とは何か、その内容と、それがイスラーム教普及に果たした役割について70字以内で説明しなさい。

解答

出題 2011年 立教大(文) 第2問 問5 10世紀以降のイスラーム世界では、都市の職人や農民のあいだにスーフィズムが盛んとなる。スーフィズムとは何か、神秘主義の信仰の特徴から1行でしるせ。

解答


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