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新興工業経済地域/NIEs

1980年代に工業化が進んだ韓国、香港、台湾、シンガポールなどの国と地域を総称した言い方。1990年代後半からアジア通貨危機などによって、NIEsを特別視することはなくなっている。

 Newly Industrializing Economies を略して、NIEs(ニーズと読む)。一般に、大韓民国(韓国)台湾香港シンガポールとブラジル、メキシコなどの1980年代に急速に経済を発展させた国、地域のこと。当初は経済協力開発機構(OECD)で、発展途上国のなかで経済発展を遂げた諸国を広く含めていたが、次第に韓国・香港・台湾・シンガポールを指すようになった。
 このアジアの4地域は「アジア4小竜」と言われ、世界経済に強い地位を築いた。当初は Newly Industrializing Countries の略でNICs(ニックス)と呼ばれていたが、香港と台湾の立場を考慮し(国ではないので)1988年のトロント先進国首脳会議(サミット)でNIEsと呼ぶことに改められた。

背景と条件

 これらの地域は、1970年代にアメリカ、西欧(EC)、日本の先進経済諸国がオイル=ショックなどで成長が止まったのに対し、加工業や仲介貿易で利潤を挙げ、80年代に輸出を中心に台頭してきた。また韓国とこれらに次いで経済成長を遂げたインドネシアやフィリピンのように、民主政治が抑圧されるなかで、開発独裁という開発優先の工業化がはかられ、民衆生活を犠牲にした成長であった。またNIEsの成長が80年代を通して続いた条件として、低賃金労働と通貨安・原油安・金利安の「3低現象」があったとされている。

「アジア4小竜」

 1960年代以降、急速に工業化を遂げた東アジア地域の日本、台湾、韓国、香港、シンガポールの成長は、それまで世界の工業化、経済成長を支えてきたヨーロッパとアメリカから驚異の眼で見られた。その中で、日本に続いて工業的転換をもたらした四つの地域について分析し『アジア四小龍』と名付けたエズラ=ヴォーゲルは、共通する要素として次のことを挙げている。
  1. アメリカの援助 アメリカと国際機関からの多大な援助、技術的な指導があった。香港とシンガポールは直接的なアメリカの援助はなかったが、ベトナム戦争での後方支援を提供したことで恩恵に浴した。韓国の建設業は特にベトナム戦争での恩恵を受けた。
  2. 旧秩序の崩壊 日本による植民地支配と戦争が、東アジアの保守的な政治秩序を破壊した。新しい社会関係とともに、旧来の社会に基盤をおく層に代わって新しい政治権力が生み出された。
  3. 政治的・経済的緊迫感 1960年代にアメリカ軍の東アジアにおける防衛力が後退、自国(地域)の防衛のためには自国で工業力を獲得しなければならなかった。また多くの人口を抱えながら資源には乏しく、食糧も自給できないという不安感の中で、権威主義的な政府による秩序維持、経済成長が支持された。
  4. 勤勉で豊富な労働力 工業化の始まる前に、労働力として日本での600万の復員兵、台湾での150万の大陸からの避難民、韓国での朝鮮戦争での200万に上る北からの難民が存在し、香港では国共内戦から共産党政権成立期に中国からの亡命者が人口の半数を占め、シンガポールでは人口の大部分をマレーシアとインドネシアからの移民が占めた。また日本、台湾、韓国では多くの労働力が農村からやってきた。これら多くの労働者の低賃金が急速な工業化を支えた。
  5. 日本型モデル 四匹の小龍は日本型モデルならびに技術と投資を利用できた。地理的に近く、漢字文化の共通性があり、韓国・台湾での長い植民地支配、香港・シンガポールでの軍事占領から、日本の工業化のパターンを理解する基礎知識があった。
<エズラ=ヴォーゲル/渡辺利夫訳『アジア四小龍-いかにして今日を築いたか』1993 中公新書 p.120-129>
 さらにヴォーゲルは、この五つの状況要因の他に、マックス=ウェーバーがヨーロッパで資本主義が生まれた歴史的背景としてプロテスタント、特にカルヴァンの予定説に求めたことに倣い、儒教文化圏であることに注目し、「工業的ネオ・コンフューシャニズム」(Confucius は孔子のこと)と名付けて分析している。それによれば、1.能力主義のエリート、2.入学試験制度、3.集団の重要性、4.自己研鑽、の四点が西欧社会には見られない、東アジアの工業化の過程が新しい環境に適応すべく発達した混合型制度として指摘している。

NIEsのその後

 日本の経済成長は1970年代に石油危機(第1次)から低成長期に入った。また、アジアの四小龍は、アメリカに対する輸出が主力であり、それによって成長してきたが、次第に対米貿易黒字が増大したため、1980年代後半にアメリカはこの地域に対し、通貨切り下げ(アジア側からみれば米ドルに対する自国通貨の切り上げ)や市場開放を強く求めるようになった。これらは四小龍の経済にも基本的な変化を及ぼすようになった。
 NIEsの好景気は90年代も続いたが、1997年にタイの通貨バーツの暴落をきっかけに起こったアジア通貨危機が一挙に波及し、急激に経済が悪化し、NIEsということばも聞かれなくなった。アジア通貨危機は、この地域の通貨管理が不十分であったために、欧米の通貨投資家に狙われ、短期間にその資金が引き上げられたためと言われている。インドネシアのスハルト政権はその処置を誤り崩壊した。
 韓国、香港、台湾、シンガポールの4国(地域)は驚異的な経済成長はストップしたとは言え、その間に経済基盤を整え、現在もITなどを初めとする高い技術力を背景に、堅調な成長を続けている。もはや「新興」とはいえず、むしろ先進国に肩を並べていると見て良いだろう。相対的にその分、日本経済が低迷したと言える。

BRICsからBRICSへ

 2000年代に入り、経済成長の著しい国としてブラジル(B)、ロシア(R)、インド(I)、中国(C])の4カ国をあげ、BRICS(ブリックス)という言葉が一般化している。この4ヵ国は2009年から首脳会議をおこなって連携を強めており、さらに2011年からは南アフリカ共和国(S)を加えて、BRICSといわれるようになり、5ヵ国が首脳会議を開催している。
新旧「新興国」の行方 これらの新旧「新興国」の抱える問題は経済と政治体制の関係であろう。韓国と台湾は国内政治での民主化を実現したことがその成長の原動力となったが、香港は本国の中国との関係悪化という最大の危惧を抱えている。またシンガポールやブラジル、ロシアでは大統領の強権的な手法が目立っている。インド、中国は巨大な人口圧の中で民主化は必ずしも十分とは言えず、しかも宗教問題、民族問題を抱えている。さらに中国の「一帯一路」の戦略がどのような影響を及ぼしてくるか、アメリカなどに見られる保護貿易主義的な傾向の復活など、世界経済の安定的成長への暗雲とも見られる動きもあり予断できない。
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エズラ・フォーゲル
渡辺利夫訳
『アジア四小龍―いかにして今日を築いたか 』
1993 中公新書