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開発独裁

1950~70年代のアジアなど開発途上国で見られる独裁形態の一つ。韓国の朴正熙、フィリピンのマルコス、インドネシアのスハルトなどが典型とされる。

 貧困から脱するには工業化が必要であるという世論を背景に工業化を政策の最優先課題に掲げ、それに反対する勢力を抑圧する政治のあり方を言う。端的に言えば、「(国内の)分離独立運動をおさえて工業化を進めるために、開発独裁というシステムが出てくる。開発独裁というのは、工業化の開発を進めていくためには独裁が必要なんだという形で独裁が進むことをいう。」<鶴見良行『東南アジアを知る』1995 岩波新書 p.49>

開発独裁の典型例

 大韓民国(韓国)の李承晩政権および朴正煕政権、フィリピンのマルコス政権、インドネシアのスハルト政権、イランのパフレヴィー政権などがその典型例とされる。またタイのサリット政権とその後の軍事政権も開発独裁である。
 これらはいずれも開発による国民生活の向上を掲げて人気を博し、民衆的な支持で独裁権力を振るうことができたが、その開発優先政策は一部の企業家や親族企業、あるいは外国資本と癒着する例が多く、大部分の国民には利益は還元されず、かえって生活環境の悪化などの問題をもたらした。
 また、これらの開発独裁政権は、イデオロギーとして反共産主義を掲げ、親米政策(具体的にはベトナム戦争でのアメリカ支援)をとった。韓国の朴正熙政権が積極的に韓国軍をベトナムに派兵し、それによってアメリカ、および直接派兵をしなかった日本との経済的関係を強めたことはその典型的な例であった。
 1980年代に飛躍的な経済成長を遂げたNIEs諸国のなかにも開発独裁の形態をとったところが多かった。シンガポールのリー=クアンユー政権がそれにあたる。NIEsではないが、マレーシアのマハティール政権もそれに近い。

権威主義

 開発独裁は、政治の形態からは権威主義の範疇に入る。権威主義とは、民主主義と国民の自由が抑圧される点では全体主義(その最も進んだ形態がファシズム)と同じだが、選挙などを通じて国民の意志を反映させているという形態をとりつつ、実際には一つの政党や軍が他の批判を許さない「権威」をもって国民を支配する国家体制のことである。「開発独裁」とは、独裁政治と開発優先の経済政策が結びついた、権威主義の一形態とみることができる。

輸入代替型から輸出指向型の工業化へ

 これらの途上国は農業を主たる産業にし、一次産品を輸出して工業製品を輸入するという形で先進工業国に従属し、収奪されていた。あるいはシンガポールのように後背地がない場合には、中継貿易に活路を見出していた。そこから脱出して、自前の工業化を達成して工業製品の輸出国に脱皮して経済を自立させることが共通の目標であった。工業化を目指す場合、まず外国からの工業製品の輸入を制限して、それに替わる自国工業を育成する輸入代替型の工業化から始まり、ついで国内市場が小さく輸入代替型開発に適さない韓国、台湾、香港、シンガポールが工業製品を輸出に向ける輸出指向型の工業化に成功したのを受け、その方式がインドネシア、タイ、マレーシア、フィリピンなどでも採られるようになった。その際に必要なのは、工業化のための外国資本と技術の導入と工業製品を買い取ってくれる大きな市場が必要である。外国資本に安心して投資してもらうには、政治的な安定と資本主義を否定する勢力の排除が必要だという判断が、これらの工業化が強力な独裁権力による国家的事業として進められた理由であり、権威主義の形態をとった理由であった。<岩崎育夫『入門東南アジア近現代史』2017 講談社現代新書 p.187->

開発独裁国家と日本

 またこの開発独裁に資本を投下し、その工業製品を買い取ることで不可欠な協力をしたのが、アメリカであり、アジアにおいては日本だった。日本の大企業が次々と東南アジアに進出し、安価な労働力を利用して生産を開始したのがこの時期であり、日本の高度経済成長がこのアジアの経済独裁を支え、同時に支えられていたということを忘れてはならない。

開発独裁の消滅と現代の中国

 1970年代以降は、各国でこのような独裁的な開発優先政策に対する批判が強まり、また開発の進行によって生まれてきた中産階級も独裁政権の意図に反して次第に民主的な政治を求めるようになり、1990年代までにいずれも崩壊し、現在は姿を消している。1997年7月にタイの通貨バーツの対ドル交換比率が暴落したことから始まり、マレーシア・韓国・インドネシアなどのアジア各国に広がったアジア通貨危機は、国内の強権的な政治で秩序を維持し、規制緩和や金融自由化で海外資本を呼び込もうとした開発独裁的な手法が破綻したのであり、開発独裁の時代が終わったことを示していた。

現代中国の開発独裁的政策

 ただ、中華人民共和国鄧小平時代以降に見られる1980年代の改革開放政策と、さらにそれを発展させた1990年代の社会主義市場経済も、共産党一党独裁体制のもとで開発と成長がはかられるという、民主化を抜きにした急速な経済成長政策は一種の開発独裁と見られている。
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書籍案内

鶴見良行
『東南アジアを知る』
1995 岩波新書

岩崎育夫
『物語シンガポールの歴史』
2013 中公新書

唐亮
『現代中国の政治
開発独裁とそのゆくえ』
2012 岩波新書