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戦車

古代アッシリアで用いられた馬にひかせた鉄製の馬車。

 アッシリアの戦車ははじめ馬二頭にかせる二人乗りの二輪車であった。後に三頭びき三人乗りに改造され、さらに機動力と戦闘力を増し、オリエントの統一に大きな力となった。車輪の出現も紀元前3000年頃のメソポタミアが最初である。馬に車輪を引かせるのはおそらく中央アジアに始まり、西アジアにもたらしたのは前1700年頃のヒクソスだと思われる。アッシリア人は鉄製の戦車と騎兵隊という軍事力を有し、前7世紀オリエント世界を統一してアッシリア帝国となった。全盛期の王アッシュール=バニパル王のレリーフには王が戦車に乗って獅子狩りをしている図を見ることができる。  → 現代の戦車

Episode 戦車の発明

 「前15世紀から14世紀にかけて、オリエントのどこかで、戦車の設計に注目すべき変化が生じた。それはそれまで車台の中心にあった車軸が、車台の後縁に移されたことで、それによって御者はバランスをとりやすくなり、馬の気管も締め付けずにすむようになった。このオリエントの戦車は、ミケーネ文明を経てギリシア・ローマに伝えられた。」また、騎兵隊の誕生も、アッシリア王アッシュール=ナシル=バル二世(在位前884~859)の時代だったと言われる。<平田寛『失われた動力文化』1976 p.92 p.95 岩波新書 による。>
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1章1節 カ.古代オリエントの統一