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カッシート

前16世紀、メソポタミア南部に王国を建設した民族。系統は不明。

 カッシート(カッシューともいう)の民族系統はインド=ヨーロッパ語族に属するといわれているが正確には不明である。ヒッタイトが支配していた小アジアの東部から北部メソポタミアにかけての一帯に出現したカッシート王国は、前15世紀後半ににメソポタミア南部に進出して、バビロンを支配したのでバビロン第3王朝ともいう。カッシート人はメソポタミア文明から見ると異民族であるが、シュメール人以来の文明に同化し、その文化を継承した。カッシート王国は36代約350年間続き、前12世紀に東部のイラン高原に起こったエラム人によって滅ぼされた。
 この間、オリエントは小アジアのヒッタイト、メソポタミア南部のカッシート、メソポタミア北部のアッシリア、北部山岳地帯のミタンニ、そしてエジプト新王国という国々がたがいに争う長い分裂期であった。
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1章1節 ウ.メソポタミアの統一と小アジア